ここ数年のアーセナルは、掴み所のない不思議なチームだ。

アーセン・ヴェンゲルはプレミアリーグに訪れた「放映権バブル」の流れに乗るように、ここ数シーズンは移籍市場でライバルクラブに負けないような大型補強を敢行。特にメスト・エジル、アレクシス・サンチェス、ダニー・ウェルベックのような優秀なアタッカーへの投資は、攻撃的なフットボールを好むフランス人監督の野心を示している。

しかし、どうしても上位陣に食らいつききれない長期戦の弱さが、優勝から遠ざかる原因だろう。解説として活躍するギャリー・ネビルは「パワータイプの不在」をシーズン後半に失速する理由として挙げている。個々のフィーリングが噛み合っている時はチームとしての圧倒的な意思を発するチームでありながら、逆に歯車が外れている時は前触れなく崩れてしまうこともある。

個人的には、アーセナルはプレミアリーグのトップチームの中でも「練習」を「試合」に持ち込むことが上手いチームという印象を持つ。特にアタッカーが流動しながらアーロン・ラムジーをエリア内に送り込む攻撃は、形として非常に洗練されている。逆を言えば、個々の応用力という部分に弱みがあるのがこれまでのアーセナルだった。その穴を埋める役割をこなせる可能性があるのは恐らく、バルセロナから加入したアレクシス・サンチェスだ。彼とメスト・エジルが、どうしても詰まりがちなチームの変化球として期待される。

今回は、好調のアストン・ヴィラを一蹴してしまったプレミアリーグ第5節を題材として取り上げていこう。この試合には、アーセナルの「チームとしての巧さ」と、メスト・エジルというプレイヤーの「個人として攻撃のリズムを変化させ、相手の守備陣を崩壊させる能力」が詰まっていた。アストン・ヴィラの激しいプレッシングを掻い潜るために、どのようにアーセナルがチームとして柔軟に対応していったのかを分析することを通して、試合の流れ全体をコントロールすることにおける1つのヒント、そして前プレスを破る1つのアイディアについて考えていきたい。

フットボールは相手のあるスポーツだ。そういった意味で、アストン・ヴィラの狙いを知ることは試合全体を捉える上で大きな意味を持つ。

アストン・ヴィラは、今季ロイ・キーンをコーチングスタッフに加えた効果もあってか、運動量のあるチームへと生まれ変わりつつある。特に、イングランド代表にも選ばれた若手のファビアン・デルフを中心とした中盤でのボール奪取は絶品だ。好調を保つ彼等は、まず基本的にアーセナルの中盤の底でプレーする攻撃の起点、ミケル・アルテタに狙いを定めた。高い位置への走り込みで生きるラムジーを攻撃に動員することが多いアーセナルは、相方となるアルテタがDFラインと共に組み立てを行い、他の選手を押し上げていく4-1-4-1のような形になることが多い。ヴィラは、「1」のところでボールを奪ってしまおうと考えていたのである。

前半1分。DFラインの前でボールを持ったミケル・アルテタに容赦のないプレッシングがかかっている。バックパスのコースも消しており、このままチャンスがあればボールを奪うことを狙っている。また、それだけでなく、DFラインの前でボールを受けることで攻撃の起点となる彼のところにプレッシャーをかけることによって、相手の組み立てを妨害しようという意図があったのだろう。

前半4分の場面は、より11番がアルテタに近い距離でマークしている。パスすらも出させない、という意識で前線が彼をマークしていることが見て取れるだろう。実際この策は、アーセナルの攻撃を制限する意味で序盤は機能していた。

11分、中央でプレッシャーを受けていたアルテタが少しずつアーセナル側から見て左サイドに流れ始める。この場面では、手前にいるアルテタがハンドサインを使ってボールを持っているCBに対して「左サイドに行く」ということを示している。

アルテタが左ボランチのような位置まで下がると、それに呼応するように右ボランチの位置に入れ替わるように選手達が下がってくることになる。中央でボールを受けるアルテタに狙いを定めていたアストン・ヴィラは、これによってどこを潰していいのか解らない状態に陥ってしまった。

アストン・ヴィラは3センターで中央の枚数を厚くしていたものの、右サイドハーフのチェンバレンやトップ下のエジルまで状況に応じて下がってくるアーセナルの連動に対応することは難しく、結果的に青い円のエリアではボールを奪うことが出来なくなっていった。そして、そのように右のエリアに人数を割かなければならない状況では当然左に流れたアルテタへのマークも難しくなる。

これが前半12分。既にアルテタは左でプレッシャーを回避することに成功し、余裕を持ってボールを持っている。こうなればアーセナルにとって、最初の関門を突破したと言えるだろう。

【次ページ】先制弾のシーン。誘発させた前プレを破るアーセナルの連動。