数々のビッグクラブを渡り歩き、様々なタイトルを獲得してきたズラタン・イブラヒモヴィッチだが、自身のプロキャリアをスタートさせたマルメというクラブは特別であるという。

その思い入れの強さは今シーズンのCL抽選会が行われた直後のFacebookへの投稿でも明らかになっており、マルメの地でCLを戦うことが夢であったという。また、マルメで行われるPSG戦当日は街中のメインスクエアを貸し切ってパブリックビューイングを行う予定である。

11月25日に行われるマルメでの試合を、イブラヒモヴィッチは何よりも楽しみにしているのだ。

そんなイブラヒモヴィッチがマルメのトップチームでプレーしていたのは1999年から2001年にかけてのこと。つまり、イブラヒモヴィッチは17歳から19歳までの10代をこのマルメで過ごしたことになる。

デビュー当時に背負っていた背番号は27。今でこそ世界中に名の通ったイブラヒモヴィッチだが、マルメ時代から彼を知っている人はそう多くないはずである。

では、10代当時のイブラヒモヴィッチはどんなプレーを見せていたのだろうか?欧州のビッグクラブがこぞってオファーを送ったとされるように、その才能はこの頃から別格であったようだ。

1999シーズン、スウェーデン1部アルスヴェンスカンに所属していたマルメ。

このシーズンにイブラヒモヴィッチはプロデビューを飾り、6試合に出場し1得点をあげた。懐が深くトリッキーなドリブルはこの頃から健在であり、10代にしてすでに大物の風格を漂わせていたことが分かる。

しかしこのシーズン、マルメは2部に降格してしまう。主力選手が移籍するなかイブラヒモヴィッチは残留を選択し、翌シーズンは26試合に出場し12ゴールをあげ、チームを1部に昇格させた。

そして2001シーズン、再びアルスヴェンスカンでプレーすると、その年の3月にイブラヒモヴィッチのアヤックス移籍が発表され、エールディビジのシーズンが始まる7月から活躍の場をオランダに移した。

なお、この時アーセナルのアーセン・ヴェンゲル監督もイブラヒモヴィッチの獲得を希望していたといわれており、その時「ズラタンはオークションを受け付けていない」という名言を残したとされている