2016シーズンより10年間所属したパイサンドゥを離れ、リオの名門ヴァスコ・ダ・ガマでプレーすることになったイアゴ・ピカチュウ。

デビュー直後の2012年にはその個性的な登録名から強豪パウメイラス移籍を拒否されていたのではないかという噂も取り沙汰されたが、自らの弛まぬ努力によって再び名門への扉を開いた。

そのピカチュウ、年末に行われた慈善試合で名付け親の人物と再会していたようだ。

"Capitão" onde tudo começou.. Para quem não sabe, esse foi o criador do "Pikachu" Algo que levarei para sempre comigo....
Posted by Yago Pikachu on 2015年12月29日

「全ては”キャプテン”から始まった…」

と切り出したピカチュウ。続けて一緒に写っている男性が「ピカチュウ」の名前の生みの親であることを明かした。

かつてフットサルチームのコーチだった男性は、全ての選手にニックネームを付けており、9歳で一番背が小さく、しかし一番足の速かった少年を日本のアニメ(ゲーム)から「ピカチュウ」と呼んだ。これがピカチュウ誕生の瞬間だった。

最初は「嫌だった」というこの愛称によって、”本家”と同じく人気者への道を歩みつつあるピカチュウ。今も恩師への感謝の気持ちを忘れていないようだ。

【厳選Qoly】戦術完成度はNo.1!スキッベ体制3年目、充実のサンフレッチェ広島が「相手の予測を上回る」理由。

日本人がケチャドバ!海外日本人選手の最新ゴールはこちら