ライターになれたキッカケ

平安山「こんにちは。今日は宜しくお願いします。仲本さんは様々な媒体で執筆なさっていて、密かに勉強させて貰っています。初めに、仲本さんがメディアで働く様になったキッカケを教えて下さい」

仲本「こんにちは。こちらこそ宜しくお願いします。初めにですが、僕はフリーランスでライターをやる前にラジオ会社に勤めていました。沖縄大学時代からマスコミ就職を目指し、アルバイトのラジオのAD募集に応募したのが全ての始まりです」

平安山「ライターの前はラジオADだったのですね。そこではどんな仕事内容だったのでしょう?」

仲本「ADなので、ディレクターの補佐ですね。メール連絡をしたり、録音など番組制作に関わっていました。その時はサッカーは全然関係なくて、健康番組や懐メロを扱う番組を担当していました。そこから良い流れで大学卒業後も社員としてお世話になる事となりました」

平安山「そこからサッカーへはどういう流れで進んだのですか?」

仲本「僕は高校も那覇西ですし、ラジオADやってた頃も仕事が終わって家に着くと丁度テレビで欧州サッカーがやってて、元々毎日サッカー漬けだったんです。そしたら会社にもサッカーユニホームで出勤してまして(笑)、それで会社のみんなにサッカー好きだとバレました」

平安山「それは面白いですね(笑)でもそれで結果的に大好きなサッカーの担当になれたのですから結果オーライと言うべきでしょうか。晴れてラジオのサッカー担当になった仲本さんですが、現在はフリーランスのライターです。ラジオからはどういう経緯があったのでしょうか?」

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