革命者ペトコヴィッチの思想。「陰」なラツィオの「陽」なサッカー
SSラツィオ。ローマのスタディオ・オリンピコを本拠地とするこのクラブには、どうしても逃れられない呪縛がある。それが、同スタジアムを本拠地とするASローマの存在だ。陰陽に例えればどうしてもローマが「陽」、ラツィオが「陰」というイメージになってしまっている理由がユニフォームの色に由来しているのかはわからないが、ローマより設立が早く優勝回数にも大きな差はない2クラブの間のイメージの差が生まれてしまっていることに疑いの余地はない。陰陽がどちらか一つでは存在し得ないように、ラツィオの「陰」のイメージはよりローマの「陽」のイメージを強めていく。逆もまた然り。ラツィオ移籍の噂が何度も浮上した日本代表MF、本田圭祐も昨年このようにインタビューに答えた。
「最初は2年前のW杯で活躍して、半年でロシアを出るつもりだった。それが2年以上もロシアにいるんやからね。例えばマラソン30キロ地点を走っていて、最初に考えていたペースよりも2キロも差があるとする。遅れているなら、違う道を探して走るかもしれへん。俺は道具を使っても、車に乗ってでも『ゴール』にたどり着く。 ペースが遅いならもっと速く走る。そういう意味でも、26歳の俺はラツィオに行くことはない」
これは本田選手が決してラツィオへの敬意を欠いていることを表している訳ではないだろう。彼の言葉はまさに世間がラツィオに対して持つイメージを象徴していると言えるのではないだろうか。一般的には古豪と扱われるこのクラブは、本田選手にとっては通過点対象であったということだ。だが、この「陰」のイメージを持ったラツィオは今大きな転換点を迎えつつある。
ヴラディミール・ペトコヴィッチ。ボスニアの首都であるサラエボ出身の49歳は、今季からラツィオの指揮を取ることとなった。クロアチア語、ボスニア語、イタリア語、スペイン語、フランス語、ロシア語、英語、ドイツ語。8言語を自由に操るこの聡明な指揮官は、奇しくもあの元日本代表指揮官イビチャ・オシムと同郷である。
34歳にしてプレイングマネージャーとして指揮をスタートした彼は、49歳という若さでずば抜けた経験を持つ。スイスを中心に6クラブを渡り歩いた後、ラツィオへとやってきたのは偶然ではないだろう。現ラツィオSDであるイグリ・ターレの出身地はアルバニアで東欧圏へのコネを持っている。シーズン開始前、アウトサイダーとしか見られていなかった彼とラツィオだが現在3位につけている。先日行われた2位ナポリとの試合でも、ラツィオは終始ナポリを圧倒した。では、彼らの戦術を見ていくことにしよう。
彼らがナポリ戦で採用したフォーメーションは4‐1‐4‐1であり、これは最近好調を保つラツィオの得意とする形になりつつある。南アフリカW杯で旋風を巻き起こしたガーナが使用していたこのフォーメーションは二列目に4人を揃えることによって、そこから個人技で切り崩していくようなスタイルに特徴がある。そして、恐らくこのフォーメーションを使う場合のセオリーとしては図のように二人のOHが相手のボランチについていくような形になるだろう。しかし、智将ペトコヴィッチはよりアグレッシブで刺激的な調味料を4‐1‐4‐1に加えた。
ラツィオの二列目は、ボールホルダーから縦に出るパスコースを妨害出来るコースに先に入り込んで、さらにそこからボールホルダーに対して猛烈にプレス。パスコースを失ったボールホルダーは無難な横パスか、無理やり縦パスを放り込みにいくしか無くなってしまう。しかし、無理やりなパスはDFラインや1ボランチとして底に残るレデスマがなんなく対応する。中盤2人+CFによってプレッシャーをかけられる事に慣れないCBは非常に苦しまされる。
サイドにボールが出てもそれは変わらず。むしろ選択肢が減ってしまうサイドではよりプレッシャーが激化する傾向にある。
そして偶然か、はたまた罠に引きずり込んだのかはわからないが、これがより効果を発揮したのが3バックのナポリ対策だった。後ろの枚数が少ない分、簡単に追い込んでプレッシャーをかけられてナポリは困惑。モチベーションの高さもあって激しいプレスからの勢いに乗った波状攻撃によってナポリは何度となくゴールを脅かされた。ナポリもハムシークを引かせてパスコースを作ったり、様々な工夫を凝らして攻めにかかったもののラツィオはそれも封殺。結果は引き分けに終わったものの終始強豪ナポリを圧倒した。その戦術で簡単にはカバーニ、ハムシーク、パンデフという「セリエ最強の矛」を抜かせなかったのである。
しかも面白い事に、この戦術は攻めでも面白い効果を発揮する。
ここで縦パスを狙っていた1ボランチのレデスマが、後ろからの苦し紛れのパスを奪い取った場合どうなるか考えてみよう。
図のようにプレッシャーにいった選手が高い位置に残っているので、すぐさまショートカウンターを仕掛ければ数的有利の状態も出来上がりやすい。そしてこの状況ではラツィオの二列目が持つ技術もより生きるという訳だ。いってみれば攻守一体なのである。
しかし、ノーリスクという訳にはいかない。常にサッカーではリスクを払わなければ、いい結果は得られない。このようなペトコヴィッチの前プレスは、全体が凄まじく集中力を保たなければならないし運動量も必要である。自分が見えない位置、背面にいる選手とのパスコースを常に切り続けなければならないというのは一朝一夕に習得出来る技術ではない。もし、一人がプレスをサボったら簡単に包囲網を破られて大ピンチになる恐れすらある。ハイラインである故に裏にいいボールが出た場合の危険性も常に存在している。それでもこのラツィオのサッカーは1トップや2トップが多いが故に数的有利を作りやすく、組み立てがしやすかったはずの3バックの隆盛に待ったをかける可能性すらあるほどに興味深いものだ。この守備体系を取りながらも、プレッシャーの強さやスピードをペトコヴィッチは相手や状況に応じて巧みにコントロールしている。実際、体力温存目的もあるだろうし常にナポリ戦ほどのプレッシャーを与えるわけではない。同じシステムでも相手がプロヴィンチャであればパスコースを牽制することによってゆっくりとした展開に持ち込むことができる。
常にパスコースを切りながらプレッシャーをかける事によって「一人の選手が2人を潰す」という発想には大きな可能性が秘められているのではないか。ヨーロッパでも通用している、ナポリのスピーディなサッカーを上回る躍動感で捩じ伏せにかかったラツィオの姿勢は、最早「陰」という言葉と全く合わないものであった。
ヴラディミール・ペトコヴィッチがもたらしたエネルギッシュで斬新な「陽」のサッカーで乱世のセリエAに挑んでいくラツィオから目を離せない。もしかしたら今季終了時に、栄光という眩しい光に包まれているのはこのラツィオなのかもしれないのだから。
※フォメ―ション図は(footballtactics.net)を利用しています。
※選手表記、チーム表記はQoly.jpのデータベースに準拠しています。
筆者名 | 結城 康平 |
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プロフィール | サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。 |
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