2023年に初来日…三河復活の力に「すごく感謝しかない」
「コンニチハー」「コンバンワー」――試合後、アルバルク東京の記者会見は、リッチマンHCの日本語の挨拶から始まる。声のトーンや表情には落ち着きがあり、威圧感は一切ない。会見場に入る前、通路から明るい声が聞こえてくる日もあり、勝敗に関わらず場内は良い雰囲気に包まれている。
アメリカ出身のリッチマンHCは、1989年生まれの37歳という若き指揮官だ。コーチキャリアの第一歩はNBAのワシントン・ウィザーズ。2013年にアシスタントビデオコーディネーター、2016年にACへ昇格。2019-20シーズンにはNBA Gリーグのキャピタル シティ ゴーゴーでHCを務め、2020年からは再びウィザーズのACとしてHC代行も経験した。2019年に加入した八村塁の指導にあたった人物でもある。

初来日は2023-24シーズン、シーホース三河のHCとしてだった。28年にわたり指揮を執り、数々のタイトルをもたらした鈴木貴美一前HCの後任として、B1中地区5位と低迷していたチームの再建を託された。そして見事、就任1シーズン目からその期待に応えてみせる。
チームを3シーズンぶりのチャンピオンシップへ導き、西田優大やシェーファーアヴィ幸樹(現・仙台89ERS)らの成長を促進。2026年1月の天皇杯では5年ぶりの決勝進出を果たし、2月には男子日本代表ACに就任するなど、日本での存在感を急速に高めていった。今シーズンからA東京の指揮官に就任したリッチマンHCは、10月24日の古巣・三河戦を終えた際、次のように感謝を口にしている
「鈴木(秀臣)さん(当時社長/現シニアアドバイザー)をはじめ、僕を日本に連れてきてくれた三河さんに対してはすごく感謝しかない。シーホース三河の一員だったことを本当に誇りに思っているのですが、今はアルバルク東京のヘッドコーチとしてしっかりとやっていきたい」という思いも明かしていた。

堅守のA東京に“爆発的な攻撃”…平均得点はリーグ2位
Bプレミア開幕から約1か月、アルバルク東京の戦い方は明確に変化した。リーグ屈指の強固なディフェンスという従来の代名詞をベースに、リッチマンHCは素早い攻撃へ転じるようトランジションオフェンスや、ドライブやカッティングを掛け合わせた5人の連動による得点スタイルを落とし込んでいる。
9月22日の開幕戦で琉球ゴールデンキングスを84-73で下した際、次のように戦い方の方針を示した。
「僕が日本代表で、アシスタントコーチとして攻撃を担ってやっているので(メディア)皆さんは攻撃に目が行きがちだと思いますが、そんなことはなくて。僕はしっかりとまず、ディフェンスから徹底してやって、そこから爆発的なオフェンス力を出していくのが、僕のスタイルです」
その成果は数字にも表れている。平均得点は昨シーズンの81.5点から94.1点へと跳ね上がり、リーグ2位を記録。元NBAプレーヤーのキヨンテ・ジョンソンが平均25.8点(得点ランキング2位)でチームを牽引し、千葉ジェッツから移籍したディー・ジェイ・ホグも躍動。ライアン・ロシターを中心に、リーグ2位となる平均44.3リバウンドを記録するゴール下の強さも光る。戦績も9勝3敗で東地区1位という好スタートを切った(10月26日時点)

トヨタアリーナ東京という最高のアリーナで、ハイスコアな展開。ジョンソンらの速攻からのダンク、安藤周人の3Pシュート、小酒部泰暉がドライブ。さらにザック・バランスキーや平岩玄らベンチメンバーも積極的にオフェンスに絡んでいく展開は、シンプルに見ていて面白い。
根っこにある「バスケは楽しい」。選手の心を整える言葉
指揮官自身がバスケットボールを楽しんでいる点も魅力だ。開幕戦直後のインタビューで「めっちゃ楽しかった」と語った真意について、会見でこう明かしている。
「根っこの部分、バスケをすることは楽しいよねっていうところに行き着くと思います。僕自身も、コーチ自身も、選手もそうです。また、ここにいるメディアの皆さんもそうだと思うんですけど、バスケは面白い。バスケは楽しいというところから始まると思う」
この姿勢は選手たちにも浸透している。今季主将を務めるテーブス海は「バスケットを楽しみながらやろうと、もう常に言ってくれている」と明かす。プレッシャーのかかる開幕前にも前向きな言葉をかけられたと言い、「選手からしたら素直に嬉しいですよね。気持ちも落ち着きます」と感謝を示す。飯田遼も「すごくよくコミュニケーションを取るコーチ」と評価する。

NBAでの指導経験から戦術の引き出しが多いとされるリッチマンHCだが、周りと良好な関係を構築する手腕にも長けている。テーブスも「メンタル的なアプローチ、選手のメンタルケアとか、まだ一緒になって期間は短いですけど、すごく考えてやっていると思います」と語る。その誠実な振る舞いはメディアに対しても同様だ。60人以上の報道陣が集まった開幕戦の会見の終わり、彼はこう切り出して感謝を伝えた。
「代表活動もしてきましたし、NBAにも行って、いろいろなところを経験していた中で皆さんの存在がすごく大事だと思っています。皆さんがどう思ったのかを発信してもらうことが、このリーグの成長につながると思います。選手、スタッフ、コーチ陣、みんながいる中で、皆さんもその一部で、皆さんがいるからこそ、バスケの価値が日々高まっていくものだと思っています。皆さんが、それぞれが発信、記事にしてくださるからこそ、このリーグは世界で二番目のリーグを目指すという目標がある中で、不可欠な一人だと思っているので、いつもありがとうございます。選手・スタッフもそうですが、皆さんとこの歴史的な一日を作り上げ、一緒に過ごすことができたということは大変光栄なことです」
「ともにバスケを盛り上げるプロとして良い仕事をしていきましょう」という温かい投げかけに、ポジティブな気持ちになった報道陣は多かったはずだ。会見場には自然と温かい拍手が湧き起こった。
勝っても浮かれない。チームの姿が見えるのは仙台戦か
一方で、リッチマンHCは勝敗に対して常に冷静だ。開幕戦勝利後のロッカールームでは、選手たちに「SNSから離れろ」と助言。試合終盤のターンオーバーに触れつつ、自戒を込めてこう釘を刺した。
「いまアルバルク強い、そういうことが目に入ってくると思うんです。もちろん歴史的な一戦で、全員が僕たちの試合を見ている中で称賛する声が多い。でも、それを真に受けてしまうと僕自身もそうですが、チームとして成長していないと思う」
また、10月24日の三河戦で敗れ、茨城戦から2連敗となった際、飯田遼は指揮官の姿勢をこう明かした。
「よく勝った時でも負けた時でも、Never too high、Never too lowという言葉を言っているんです。勝って大喜びせず、だからと言って、負けてすごく落胆するとかっていうのじゃなくて」
一喜一憂せず、試合から課題を見出し着実に成長へ繋げる。連敗時も指揮官は「この前の試合よりは成長できたところはあった」と語り、リバウンドへの意識やボールシェアの改善を評価した。彼の発言によく登場する「カイゼン」という言葉の真意が垣間見える。

では、アルバルク東京は今後どのように進化していくのか。手ごたえを尋ねられたリッチマンHCは、慎重な姿勢を崩していない。10月8日の佐賀戦で大勝(90-74)した際も、NBA時代の同僚の言葉を引用しながら、チームの完成度を見極めるにはシーズンの約25%にあたる20試合、A東京においても「15試合ぐらいは最低でも必要なんじゃないかな」と語った。
「まだまだ僕たちが成長できる余地は、すごくありますし、可能性をまだまだ秘めているチームだと思っています。ここから先、しっかりと成長していければと思う中で、コーチ陣もスタッフ陣もしっかりと同じ目標、同じ方向にベクトルが向いているということが、今のいいチームのいいところだと思っています」
リッチマンHCがチームの現在地を見極める一つの目安とした15試合目は、11月6日のアウェー・仙台89ERS戦。東地区上位を争うライバルとの対戦は、新生アルバルク東京の進化を測る一戦となりそうだ。
「バスケは楽しい」という原点を忘れず、勝っても負けても冷静に、日々の「カイゼン」を積み重ねる37歳の指揮官。その先にどんなアルバルク東京を築き上げていくのか。リッチマンHCの挑戦から、ますます目が離せない。
文=大橋裕之
