恒星の向こう側

©2025 “Echoes of Motherhood ” Production Committee
『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(15)、『四月の永い夢』(17)で鮮烈な印象を残した中川龍太郎監督が挑む三部作の最終章。母の余命を知り故郷に戻った娘・未知は、寄り添おうとしながらも拒絶する母・可那子と衝突を重ねる。夫・登志蔵との間に子を宿しながらも、亡き親友への想いに揺れる彼の姿に不安を募らせる未知。母の遺したテープから“もうひとつの愛”を知ったとき、彼女は初めて母を理解し、母から託された愛を胸に進んでいく。(TIFFより抜粋)

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――まずは中川監督に伺います。本作が『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2015年)、『四月の永い夢』(2017年)に続く、三部作の集大成と位置付けられているようですが……。「喪失」をテーマにした本作はどのように作られたのでしょう?
中川:上記の作品を自分で「三部作」と言ったことはありませんが、自分自身の人生から感じ取ったものを作品に取り入れることがこれまでも多くありました。
学生時代に親友が自殺してしまったエピソードを題材にした『走れ、絶望に追いつかれない速さで』や、ここから少し視点を変えて浅倉あきさんと一緒に撮影した『四月の永い夢』に関しては、ちょっと精神的な繋がりがあります。
特に登志蔵(寛一郎)などは、自分自身の人生を色濃く反映した役でしたので、(過去の作品と)繋がっていると言えるのではないかと思います。
そして今作品は、これまでも僕の作品に出てくださった大切な方に出演していただいていて。僕のこれまでの人生の一つの集大成であり、新しい始まりという気持ちを込めて作った作品です。

©TIFF 今後は「悪役をやりたい」と意欲を見せた朝倉。中川監督の作品『四月の永い夢』では主演を務めた。
――朝倉さんが演じるのは、過去の姿の万理。久保さんは福地桃子さんが演じる野口未知の同僚、中島唯を演じています。お二人とも、野口未知(福地桃子)、菊池可那子(河瀬直美)の親子関係を描く上で重要な役だと思いますが、なぜ監督はお二人を起用することに決めたのでしょう?
中川:それは非常に大事な視点だと思います。まず朝倉さんは、万理を演じる中尾幸世さんと声が似ていたことや、僕のキャリアの集大成になる作品だからこそ、朝倉さんに「万理をやっていただきたい」と思い、オファーをさせていただきました。
久保さんとは、『静かな雨』(2020年)の主演を務めた衛藤美彩(元乃木坂46)さんのご紹介で出会いました。その時に「僕の作品を見て、気に入ってくださっている」とお話ししてくださって、そこから5年ぐらい経ってしまいましたが、ようやく本作で初めてご一緒させていただくことができました。
野口未知、菊池可那子の親子関係がある中で、これまで何事もなく生きていた“フラットな人”が暴力に触れる姿や、暴力と自分との距離感を描きたかったんです。
「暴力」を持っている存在として、朝倉さんが演じる万理と、(久保)史緒里さんが演じる唯が必要で、未知との対比構造を作るように心がけました。

©TIFF 11月27日の横浜アリーナ公演をもって、乃木坂46から卒業する久保史緒里。今後やってみたい役を問われると、朝倉と同じく「悪役」と答えた。
――久保さんはオファーをどのように受け止めましたか?
久保:もともと中川監督の作品が大好きで、当時の(衛藤美彩)先輩が出演した『静かな雨』の繊細な描写にも、本当に心惹かれまして、「私もいつか中川監督とお仕事をしたいしたいな」と思っていたので、5年越しにオファーをいただいた時には、すごく嬉しかったです。
朝倉:すごくありがたい気持ちでいっぱいになりました。ただ「集大成」というのは実感していなくて。まさか「過去の作品に繋がっている」とは思わなかったので、まっさらな気持ちで演じてしまって、それがよかったんでしょうか?(笑)
中川:「集大成」と思って演じる必要はないですし、それでいいじゃないですか(笑)
朝倉:最近、中川監督のインタビューに触れる機会があったので、そういったことも踏まえて、また万理を演じてみたいなと…。
中川:もう一回作るのは大変なので、それはごめんです。(苦笑)

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続けて、映画を一足早く楽しんだ会場の皆さんから質問が寄せられた。
――今作には、普段は監督としてご活躍されている河瀬直美さんが、母親の菊池可那子役でご出演されていますが、中川監督は女優の河瀬さんにどのように演出されたのでしょう?作品全体の演出に対するこだわりも併せて聞かせてほしいです。
中川:おそらく皆さんもイメージされているように、河瀬監督はおっかないんで(苦笑)撮影現場でも、直美さんと福地さん、寛一郎さんが言葉を交わさない時間を作って(作品の世界に近い)状況ができてからカメラを入れるようにしたのですが、これは元々、直美さんの下で学んだ際に知った演出手法を取り入れたもので。これを直美さんにお願いするのは、すごく緊張感がありました。
ただこの作品は、未知と登志蔵以外の人物には暴力性がある点が特徴です。その象徴として、直美さんが演じる可那子というキャラクターがあり、万理(浅倉あき)も唯(久保史緒里)も、暴力的な一面を持っている。「的確に暴力性の対比を描くにはどうすればいいか?」と考え、最終的にはそれぞれのキャラクターの撮影手法を分けることにしたんです。

©TIFF 本作に出演した福地桃子(左)、映画監督でありながらも女優として出演した河瀬直美(右)。福地は東京国際映画祭の主演女優賞を手にした。
――なぜ映画監督の河瀬直美をキャスティングされたのでしょう?
中川:実は、福地さんとおでこの形や、髪の雰囲気が似ているように感じたからなんです。全く似ていない母と娘が共通するものを感じる作品なので、その辺りを意識しました。
――最も大変だったシーンはどこですか?
中川:久保さんに出演してくださった冒頭の場面です。唯(久保史緒里)が施設にいる子供たちと遊んでいるシーンに「果たしてどのような意味があるのか?」と言われてしまうことも多くて。撮影の初日にこの場面を撮影したことにおいても、苦労がありました。
久保:撮影の前に中川監督、福地さんと3人揃って(子供たちが待つ撮影現場に)足を運び、子供たちと鬼ごっこなどをさせていただいて。本番の時には、私の姿を見るなり、子供たちが「唯ちゃん、遊ぼう」と手を引いてくれたので、あの場に子供たちがいてくれたことはとても大きかったと思います。
その後の感情を露わにするシーンについては、中川監督に「久保さんは静かに燃えるものを持っているから、それを出して欲しい」と言ってくださって。これまでにそこを見抜かれる機会なかったので、この役をできるのが嬉しさを感じながら、演じさせてもらいました。
朝倉:過去にご一緒したことのある方との撮影だったので、懐かしさも感じつつ、あまり構えずに現場で過ごしていましたが、(現場の雰囲気を)どう感じていましたか?
中川:演技や演出をする際には、お互いに深い信頼関係が必要だと思っていて、久保さんは本作が初めてでしたが、それでも5年前にお会いしてからの関係性があっての今があるので、本当にやりやすかったです。
やっぱり人間同士なので、どんなに素晴らしい俳優さんや監督であっても、「こいつとは合わないな」と感じるような人もいる中で、一度そこを一回乗り乗り越えた人同士の作品作りは、僕もやりやすさを感じました。

©TIFF 10月29日には、中川龍太郎監督(左)、河瀬直美(中)、寛一郎(右)がQ&Aに臨んだ。
――中川監督の作品で描かれるノスタルジックな世界観が印象に残っていますが、どのように表現のイメージを思い浮かべながら作品を作っているのでしょう?
中川:本作は、出演者の皆さんが持つ「野生味や激しさを思い起こさせるような作品にしよう」と心がけ、制作に至りました。
僕は人間の「記憶」は、暴力的なものだと思っています。さらに言うなら、「人間が生きることそれ自体が、暴力的な側面を持っている」と言えるのかもしれません。例えば、生きているふとした瞬間に、思い出したくなかったことが記憶に入りこんできてしまうこともありますし、これまで元気に生きていた人が、ある日突然亡くなってしまったりする可能性もゼロではありません。
ただ、それらの「記憶」は、人間が生きるうえで本当に重大なものです。
人間は今まさに生きていることと、やがて死んでいってしまうこと。そして「懐かしさ」の属性を持ち併せていると僕は思っているので、作品に携わってくださる皆さんの経験や、それぞれの「懐かしさ」を混ぜ合わせながら、作品作りを進めました。
恒星の向こう側 作品情報

©2025 “Echoes of Motherhood ” Production Committee
スタッフ
監督/脚本/編集:中川龍太郎 エグゼクティブ・プロデューサー:和田丈嗣
エグゼクティブ・プロデューサー:道下剣志郎 プロデューサー:稲葉もも撮
影監督:上野千蔵 音楽:haruka nakamura
キャスト
福地桃子 河瀨直美 寛一郎 朝倉あき 南 沙良 三浦貴大 久保史緒里 中尾幸世
