日本代表は今夏に行われるワールドカップでオランダと再戦する。

オランダと日本は2010年ワールドカップでも対戦しているのだ。

当時の日本代表メンバーだった稲本潤一氏と田中マルクス闘莉王氏が『ABEMAスポーツタイム』に出演し、16年前の戦いを振り返った。

岡田武史監督が率いていた当時の日本は、ワールドカップ前に4連敗を喫するなど不調だったため、スタメンを入れ替える荒療治を敢行。

MFが本職の本田圭佑を1トップに置く守備的な布陣で臨むとグループステージではオランダにこそ敗れたものの、カメルーンとデンマークに勝利して、決勝トーナメント進出を果たした。

46歳の稲本氏と44歳の闘莉王氏は、当時をこう振り返っていた。

稲「前評判は最悪だったので…」

闘「泣きますよ(苦笑)」

稲「負けまくってましたからね。なので、それを経てチームとしてどうしていこうかというミーティングを何回かやりました。そのミーティングをしたから、チームがひとつになって、同じ方向を向けた。そのミーティングの中心はほぼ闘莉王だったので」

闘「いやいや、先輩たち、たくさんいたじゃないですか(笑)」

稲「あのミーティングがあったから、決勝トーナメントにも行けたと思うし。初戦のカメルーン戦に非常にいい状態で臨めた」

闘「大変でしたよ。僕はちょうど間くらい、若くもないし、ベテランでもない感じ。個性の強い人達がいたわけですよ。攻めたいヤツらがバァーって出てきて、(それに対して)『お前ら、点とれないのに何が攻めたいんだ』と。『俺らはヘタクソなんだということを分かっとけ』、ここはみんなできちんと守って、ロッキーの映画のように叩かれて叩かれて最後に一発食らわせればいいんだと。そういうミーティングをしましたね」

稲「勢いがある若手が、(本田)圭佑とか長友(佑都)とか、この辺がうるさかった。それを(闘莉王が)ガツンと言ってくれた。それが結果にもつながった」

闘将と呼ばれる熱いプレーが売りのセンターバックだった闘莉王氏。日系ブラジル人の父を持つ彼は2003年に日本に帰化、2010年当時は29歳だった。

当時ともに23歳だった本田や長友らは、攻撃に重点を置きたがったようだが、闘莉王氏はそれは現実的ではないと諭したそう。

39歳になった長友は現在も代表に招集されているが、2人の先輩はいまでも有用な存在とも語っていた。

筆者:井上大輔(編集部)

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