ベスト8の試合より「SAY NO TO RACISM」の宣誓が両チームのキャプテンによって行われている。これはFIFAがかねてより取り組んでいる人種差別へ抗議する取り組みである。オランダ対ブラジルの試合では、ファン・ブロンクホルストとルシオが宣誓。ベスト8屈指の好カードを前に行われた宣誓は、クリーンかつアトラクティブな試合への期待感を増幅させてくれるものであった。
しかし、結果は期待とは裏腹に試合は荒れた展開となる。前半早々にブラジルが先制して後半に突入。後半早々にオランダがおいついたのだが、この時点で試合は大きな緊張感に包まれていた。直前にオランダのロッベンがブラジルのミシェウ・バストスに倒されて痛がっていた際、オランダチームはファン・ボメルを中心に主審の西村雄一氏に猛抗議していた。直後にロッベンが右サイドを疾走し、スナイデルへ戻したボールがネットへ吸い込まれた事で両チームの緊張は極限に達する。ボディコンタクトの度に大袈裟に倒れる両チーム。特に追いつかれたブラジルは監督のドゥンガも審判の判定に猛抗議する姿を何度も見せるなど、全体的にヒステリックな状況に陥った。そして、スナイデルの逆転ゴールとフェリペ・メロの愚行。セレソン・ブラジレイラは完全に糸が切れてしまい、大会から去る事となる。
試合を総括して考えれば、「たまにある荒れた展開」であったのは言うまでもない。しかし、それ以上に気になったのは、両チームに「SAY NO TO RACISM」の精神があったのか、という事である。正直、世界を代表する両チームにその精神が無かった様に思える。また、FIFA自体にもその精神が無かったのではないだろうか。この試合のジャッジを担当した西村雄一主審をはじめとするアジア審判団への紛れもない「偏見」や「先入観」が存在したからだ。前半は先制を許したオランダが主審に詰め寄るシーンが何度も見られ、後半は追いつかれたブラジルが主審、線審へ猛抗議する姿が幾度となく映し出された。前述のドゥンガ監督も同様である。ブラジルはたくさんの人種が存在し、差別がない国をアピールしている様に思えるのだが・・・。FIFAの映像も主審、線審をクローズアップするシーンが多く、主審の笛をその都度評価する為の映像であったと言わざるを得ない。これらの「偏見」「先入観」が「RACISM」へと繋がるのではないだろうか。いや、紙一重の存在と断じても構わないだろう。
もう一度試合を総括して考えてみよう。西村氏のジャッジが試合を左右したのであろうか。西村氏のジャッジが試合を荒れさせたのであろうか。答えは「No」である。多少の疑問符の残るイエローカードはあったが、映像で再確認して疑問符のつく程度。できる限りカードを出さない形で進めたジャッジは大きく評価できるのではないだろうか。また、試合が荒れたのは両チームのファールが酷かったからではないだろうか。前半からロッベンへの激しいマークを見せたブラジル。同点へ向けて激しいチャージを展開したオランダ。カードを出さずに試合を止めた西村氏は幾度となく両チームの選手に自制を求めたのだ。「偏見」かもしれないが、日本対パラグアイを裁いたデブレーケル主審のジャッジは、「偏見」に満ちていた様に思える。
FIFAが2010年のワールドカップを南アフリカで開催する事を決めたのは、スタジアムでの人種差別が大きな問題となっていた事に起因するのではなかろうか。アパルトヘイトという人類の歴史上もっとも恥ずべき施策からの脱却に成功した南アフリカでワールドカップを開催することで、クリーンなサッカー、クリーンなスタジアム、サッカーが与える大きな影響をスタジアムで表現したかったのではなかろうか。残念ながら世界が注目した試合は、「SAY NO TO RACISM」のかけらも感じる事ができなかった。