バレンタインの駆け引き。マンチェスター・ユナイテッドvsレアル・マドリード

2月14日。元々はローマの司祭ヴァレンティヌスの名に由来するとも伝承されている、キリスト教徒たちが祝う「恋人たちの愛の誓いの日」である。また日本では女性が恋を伝えるために、チョコレートなどのお菓子を意中の男性に送る日となっている。そんな日に、この試合が開催されたのはもしかしたら運命だったのかもしれない。「マンチェスター・ユナイテッド」対「レアル・マドリード」、プレミア最強という言葉が大げさではない赤い悪魔と、ヨーロッパサッカー界を牛耳るスペイン2強の一角を成す白い巨人。様々に入り乱れる人間関係が2つのクラブを繋いでいる。

かつて、オランダ代表のエースとして一時代を作り上げたファン・ニステルローイはマンチェスター・ユナイテッドからレアル・マドリードに移籍した。移籍までの状況に差はあっても結果的に全く同じ道を辿っているのが、世界一のフットボーラーに関するありがちな話題が出たら常に候補者に挙げられるポルトガル人アタッカー、クリスティアーノ・ロナウドである。さらに言えば、偶然にもマンチェスター・ユナイテッドにはオランダ代表のエースとしてファン・ニステルローイと比較されることも多いロビン・ファン・ペルシーが所属している。選手たちだけではなく、両チームを率いる指揮官も非常に関係は深い。マンチェスター・ユナイテッドを率いるサー・アレックス・ファーガソンは、以前、「ジョゼは偉大な友人。彼は自分の感情を隠すことがなく、それは人間のあり方として好ましいもの。さらに自嘲する能力も持っている」というようにジョゼ・モウリーニョを表現した。試合後二人でワインを飲みかわしながら語ることもあるという最大のライバルにして友人である彼らの存在も、この試合を盛り上げる一つのピースとなった。こういった両クラブの繋がりからか、「因縁」や「殺伐」というような言葉が似合う歴史的なマンチェスター・ダービーやクラシコというよりはむしろ、昔の恋人と再会したような雰囲気を感じ取るのは筆者だけではないだろう。激しくぶつかり合いながらも、お互いに尊敬を欠かさない。まさに「バレンタインデー」にふさわしい再会だったと言えるのではないだろうか。また、偶然にも恋愛でも重要とされるような駆け引きがこの試合ではいくつも見られた。

さて、試合について見ていくことにしよう。ある意味駆け引きを先に仕掛けたのはサー・アレックス・ファーガソンのマンチェスター・ユナイテッドだった。恋愛においてどうなのかはわからないが、世の中には「先手必勝」という言葉もあるように先手の方が有利に働くといった考え方も勿論多く存在している。ここでサー・アレックス・ファーガソンが仕掛けたのはフィル・ジョーンズのDMF起用と香川真司のOMF起用、そしてチームの柱たるウェイン・ルーニーの右サイド起用だった。CBも出来る若き守備者で中盤を封殺し、左のロナウドへの対策も怠らずに前線の破壊力でゴールを奪いに行くというメッセージをジョゼ・モウリーニョへと送りつけたのだ。

もちろん、これに対して即座に答えを出すのが「駆け引き上手」な伊達男ジョゼ・モウリーニョであり、百戦錬磨の傭兵集団レアル・マドリードであった。ラファエルに左サイドでのロナウド封じとフィル・ジョーンズに中央でのロナウド封じ、ルーニーにラファエルの守備でのサポートが託されている事を即座に見抜くとそこを利用。まずはクリスティアーノが右にまで流れた場合、ラファエルが受け流さないでついていく事に気がつくとまずはそこを攻略。

シャビ・アロンソを組み立ての時に左に流してコエントランを押し上げていくことによって上手く数的有利を作り出していったのである。また、ロナウドに対してもラファエルが追い切れない時のカバーが曖昧になっていて、いくつか危険な場面を作り出した。上手くロナウド対策を逆手に取るように丁寧に対応するレアルは、もう一つパターンとしてロナウドを中央で囮にするパターンも使用していた。

それがこの図である。中央に入ってきたロナウドを意識してマークについてくるジョーンズを、上手くロナウドが外や高い位置にまで引っ張り出すことによってバイタルエリアが手薄に。そこにエジルやディ・マリアが走り込みながらチャンスを増やしていった。コーナーから手痛いアウェーゴールを食らっても、冷静沈着にこういったスタイルを継続していった辺りにレアル・マドリードというチームの誇りと自信が見てとれることだろう。

先制されると、ケディラをより高い位置に押し上げることによってこういったスタイルがより柔軟に変化。ロナウドを囮に使っていたのに慣れ始めたユナイテッドの面々に対して、エジルやディ・マリアを囮に使いつつケディラを高い位置に走らせるような多彩な攻撃によって引出しの多さを見せていったのである。そして、同点弾もこういったパターンの多彩さから生まれてくる。エジル、ディ・マリア、コエントランの3人を左サイドに集めながら崩してそこから逆サイドに流れたクリスティアーノ・ロナウドがヘディングで同点弾。

スピーディにボールを回しながら、ポジションチェンジする事によって本命であるクリスティアーノ・ロナウドをラファエルとフィル・ジョーンズから遠ざけて逆サイドへ。身長が低いエヴラとのミスマッチをついてヘディングを決めるという狙い通りの展開だった。これが上手くいったのも、それまで何度もロナウドを囮にしていくことによってマークを軽減させ、かつケディラを高い位置に押し上げることによってマンチェスター・ユナイテッドの守備に迷いを生んだのである。多くのカードを見せることによって迷いを生む、ジョゼ・モウリーニョがスペインのチームを率いているからこそ手に入れたような駆け引きであった。もともとこのポルトガル人指揮官の強みであった、その柔軟な対応力に加えられた世界レベルの個々のアイディアと対応力が後手に回ることで最大限に発揮された形になった。

しかし、後半は試合が大きく表情を変えることになる。サー・アレックス・ファーガソンは香川をサイドに回して、シンプルなフィジカルの強さで脅威を与えるウェルベックを前線に残すと全体的に意識を守備に寄せて修正。形としては4-4ゾーンにウェルベックを加えて守ってしっかりとカウンターを狙うようなスタイルに変化させた。この選択がいい方向に転ぶ。今まで、相手に合わせて動きながら様々なカードを使い分けてきたレアル・マドリードが手札の多さ故に悩み始めることになったのだ。前線の選手たちは、しっかりと固められた守りに苦しみ個々がボールを持つ時間が増加。中央に相当絞って守るマンチェスター・ユナイテッドに対して頼みのロナウドも狭い中央でプレーするようになってしまい幅が作れない。

ジョゼ・モウリーニョはサイドへの切り替えのメッセージを送るためにイグアインを投入するも守護神デ・ヘアの好セーブもあってなかなか狙った攻撃が出来ないまま時間だけが経過。そこでアレックス・ファーガソンが見せたのは交代という妙手であった。64分、香川に代えて投入したのは大ベテランのライアン・ギグス。これがあまり意味を持たないようで最もこの試合で決定的な一手であった。守備を固めていることを考えれば、ここではアントニオ・バレンシアの投入が恐らく予測されたことであろう。しかし、ここで投入されたのは攻撃的なライアン・ギグス。これがただでさえハードワークによって疲労と言う蛇が四肢に絡みつき、正常な判断さえも奪われつつあったレアル・マドリードのメンバーに更なる混乱を与えることになる。実際に何かしらの戦術的意味を課されて入ってきたのでは無かったように見えるライアン・ギグスが、混乱を生んでレアル・マドリードの大切な時間を奪っていったのである。

将棋では「劣勢である局面の最善手とは何か?」という問いの答えは、詰将棋の定義に従うなら「相手が最善手を続けても、自分の玉が詰まされるのが最も遅くなる手」ということになる。なぜなら、「時間をかければかけるほど相手がミスをする確率が上がるから」である。更に言えば将棋とは異なり、フットボールの試合時間は90分と限られている。そういう意味ではこの「ギグス投入」という手はレアル・マドリードの迷いを生み出した。そこで数分のこの迷いが、どうにか追加点を奪いたいレアル・マドリードにとって致命傷となってしまったのだった。追記するとすれば、このリトリートしての低い位置での守備はエバートン戦でも試されていた。つまり、こういった展開になるであろう事はアレックス・ファーガソンの予想通りだったのである。

前半と後半で大きく表情を変えたこのゲーム、非常にクオリティが高いものであったことに疑いの余地はない。しかし、どちらかと言えばその経験によって読み合いを制したのはアレックス・ファーガソンだったように思える。戦前の予想とは違いこのファースト・レグは探り合うようなゲームになったが、恐らくセカンド・レグはそうはならないだろう。ホーム、オールド・トラッフォードでは期待されるような凄まじい殴り合いが見られることが期待できる。アウェイゴールを奪われて不利になったレアル・マドリードは、もちろんアウェイで攻撃的に振る舞ってくるだろう。分析が得意なジョゼ・モウリーニョはこの試合からマンチェスター・ユナイテッドの弱点を発見して露骨に狙ってくるはずだ。マンチェスター・ユナイテッドもホームを赤く染めるファンに後押しされて攻撃的に闘うだろう。ルーニー、ファン・ペルシーのプレミア最強コンビも、更に高い位置でプレーすることになるはずだ。よりオープンな中での駆け引きは、また別の魅力として試合に現れてくるだろう。そういった好ゲームに期待しつつ、かつ読者の皆さんも今日「バレンタインデー」という日に駆け引きを楽しんでくれたことを願いつつ今回はこの辺りで筆を置かせていただきたい。

最後に。実際は、現地では時差の関係で14日ではなかったというようなツッコミをしたくなる気持ちも解るがそこには目を瞑っていただけたらありがたいと思っております。

※フォメ―ション図は(footballtactics.net)を利用しています。

筆者名 結城 康平
プロフィール サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。
ツイッター @yuukikouhei

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