特別な愛―。真紅の薔薇がもつ花言葉らしい。
この世界では、花にメッセージを込めることがある。贈与に、祝福に、そして求愛に。花は私たちの気持ちや感情を代弁し、その鮮やかな色合いと甘い香りでそれらを伝えてくれる。花はコミュニケーションの一部なのだ。
その日のカンプ・ノウの観客席には、小さな薔薇のブーケがあった。「特別な愛」を花言葉にもつその花が目撃されたのは、なんと世界的ダービーマッチである“エル・クラシコ"の当日。罵声が飛び交い、両者のプライドも激しくぶつかり合う場には上品すぎる。その薔薇には、誰のどんなメッセージが込められていたのだろうか。
実はこのクラシコの2日前、スペインの国民的歌手マノーロ・エスコバルさんが他界したのだ。エスコバルさんはスペイン歌謡の舞台で活躍し、バルセロナの熱狂的なサポーターでもあった。バルセロナから記念品を受け取ったこともあるという。
エスコバルさんは大腸癌だった。最期を迎えたのは自宅だったようで、その病状から察するに、彼の居場所でもあるカンプ・ノウへはしばらく足を運ぶことができなかったと推測された。エスコバルさんは、カンプ・ノウに別れ告げることなくこの世から去ったのである。その胸中はさぞ無念であったに違いない。
そんなエスコバルさんの遺志を受け継いだ人がその日のカンプ・ノウにはいた。エスコバルさんの友人、ミジャさんである。ミジャさんはエル・クラシコのキックオフ前、カンプ・ノウのとある席で立ち止まる。そこは、エスコバルさんがカンプ・ノウを訪れた時に、必ず座るお決まりの特等席だった。
クラシコという戦いの前に手向けられた真紅の薔薇は、彼に親友による追悼のメッセージだった。