日本でもファンが多い事で知られるアーセナルは、リーグ優勝13回を誇るノースロンドンの名門クラブ。プレミアリーグとなってからもマンチェスター・ユナイテッドと共にリーグを牽引してきた。

現在は日本代表FW、宮市亮が所属する名門クラブは「グーナー」と呼ばれる熱狂的なファンによって支えられており、数多のスーパースターが活躍してきた。今季はひさびさにタイトル獲得の期待が高まっているノースロンドンの雄について、おなじみ『caughtoffside』からAdam Davies氏がアーセナル歴代最高の10人をピックアップしているのでご紹介しよう。

アーセナル、歴代最高の10人 by Adam Davies

10位 パット・ジェニングス
北アイルランド 1977-85

ハイバリーへやってくるまでキャリアの多くをライバルであるトッテナムで過ごしていたにも関わらず、ジェニングスはアーセナル最高のGKの1人である。ジェニングスは初めてイングランドのトップリーグで1000試合出場を達成した選手であり、北アイルランド代表として119キャップの記録を保有している。

※編集部注 全コンペティション通算とのこと

9位 チャーリー・ジョージ
イングランド 1968-75

チャーリー・ジョージは創造性と得点能力を兼ね備えたアーセナルにとってエキサイティングな選手だった。アーセナルのサポーターであった彼はガナーズのために179試合に出場し、49ゴールを奪っている。また、1970-71シーズンの2冠達成に不可欠な存在だった。

8位 リアム・ブレイディ
アイルランド 1973-80

リアム・ブレイディは素晴らしい左足とファンタスティックなテクニックでアーセナルのピッチの中心に君臨し、観るものにとって麗しく、喜ばしいMFだった。1979年のガナーズのFAカップ制覇に貢献し、その後はイタリアのユヴェントスやインテルで印象的なキャリアを送った。

また、ブレイディはアーセナルのユース・アカデミーでコーチとして大きな影響力を誇った。

7位 デイヴィッド・シーマン
イングランド 1990-2003

デイヴィッド・シーマンはポニーテールと口ひげのパイオニアだったかもしれない。だか我々はそのイメージを彼に対して抱えるべきではない。何故ならそれはもう学び終えたレッスンなのだから。

ガナーズのGKは「セーフ・ハンド」として知られていた。その理由は彼が、衝撃的な守備や素晴らしい指示、そして不当評価されたディストリビューションから多くの賞賛を勝ち取ったからだ。

6位 ロベール・ピレス
フランス 2000-06

顔ひげの似合わないロベール・ピレスについての話。

このフランス人はフットボールのピッチ上において見事な才能を発揮した。アーセナルはチームとして無慈悲なカウンターアタックで自由自在に刈り取っていった。

また、ピレスはサンティ・カソルラとビジャレアル時代にとても仲良くしており、もしかしたらカソルラのエミレーツ・スタジアムへの移籍に極めて重要な役割を演じていたかもしれない。

5位 パトリック・ヴィエラ
フランス 1996-2005

パトリック・ヴィエラはアーセナルにおいて伝説に近い存在として人気があり、彼の退団はガナーズがトロフィーへのチャレンジをやめた時と見られていた。

事実、スタジアムの財政にも影響し、ヴィエラのインパクトがクラブにとってとても高いことの証であった。フランスの中盤の将軍は、輝かしいリーダーシップによって、相手の攻撃のストップし、アーセナルの攻撃開始させ、チームを牽引した。

彼は最後の偉大なるボックス・トゥ・ボックスの選手の1人である。

4位 イアン・ライト
イングランド 1991-98

イアン・ライトは279試合で185ゴールを奪い、アーセナルの点取り屋としての最高の地位を1997年に獲得した。彼はノースロンドンのクラブにおいて6年連続でトップゴールスコアラーであり、ライトはアーセナルのレジェンドの1人として歴史に刻まれるに値する。

3位 トニー・アダムス
イングランド 1983-2002

トニー・アダムスはアーセナルの輝かしい瞬間を何度も牽引。アルコール依存症であるにも関わらずアルセーヌ・ヴェンゲルが傍にいてくれたことに感謝している。彼はプレミアリーグとFAカップの2冠を、異なる年代(※)で2度経験した史上初の選手となった。

アダムスは輝かしいキャリアの中でガナーズのために672試合に出場し、44ゴールを奪っている。

※編集部注 原文では異なる「Decade=10年、10年間」。1997-98シーズンと2001-02シーズンという1990年代、2000年代の意味

2位 デニス・ベルカンプ
オランダ 1995-2006

近年のアーセナルの歴史において、メスト・エジルと契約するまで、デニス・ベルカンプのアーセナル加入はほぼ間違いなく最も魅力的な移籍だった。

このオランダ人は母国の代表として確立されており、ブルース・リオッヒによってクラブレコードの移籍金でインテルからハイバリーへと買われた。ミラノで厳しい時間のせいで彼の能力は疑いを持たれていたが、ベルカンプは活躍した。彼のプレースタイルは輝かしく、わかりやすく、そして危険で効果的だった。

1位 ティエリ・アンリ
フランス 1999-2007、2012

ティエリ・アンリは2007年にノースロンドンのクラブでの228ゴールを達成し、イアン・ライトの歴代通算ゴール記録を塗り替えた。彼の左サイドからの長距離全力疾走、インサイドへの切れ込み、そしてファーコーナーへの低い弾道なカーブのかかったシュートはトレードマークとなった。そして、彼は重要な局面でスペクタクルなゴールを決める傾向があった。

アンリは2012年にニューヨーク・レッドブルズからローンでアーセナルへ戻ってくると、FAカップのリーズ・ユナイテッド戦とプレミアリーグのサンダーランド戦でベンチスタートから素晴らしいゴールを決め、彼の伝説をさらに大きくした。このリストのデニス・ベルカンプやトニー・アダムスのように、彼はガナーズによって銅像を立てられる栄誉を得た(※)。

※編集部注 ベルカンプの銅像は建立予定とのこと