2013年5月21日。当時ベルギー1部に所属していた、ベールスホットACが解散した。日本では「カワシマ・フクシマ」チャントで問題となったクラブとしてご存知かもしれない。

1898年に前身の一つであるKベールスホットVACが設立され、以後、ゲルミナル・エケレンとの合併を経て、「ゲルミナル・ベールスホット・アントウェルペン」、「ベールスホットAC」と改名しながらも、1898年からベルギー1部リーグに所属。しかし、長年に渡る財政難の末に、クラブは115年の歴史に幕を降ろした。

だが、6月2日にベルギー5部のKFCOウィルライクが、「ベールスホット」の名前を継承。新チーム「ベールスホット=ウィルライク」として、オリンピスフ・スタディオンでプレーすることになった。カテゴリーは4段階下がり、国内リーグの5部に値するアントワープ州1部リーグから再スタートすることになった、「ベールスホット=ウィルライク」を今回は取り上げてみたい。

ウィルライク

・アントワープを二分とする、ロイヤル・アントワープFCとベールスホット

ベルギー北部の都市、アントワープ。ベルギー北部の中世からブルージュと共に、ベルギーの港町として栄え、現在ではダイヤモンド原石の中継地として、世界的な知名度を誇る人口46万人の都市。ベルギーのフットボールもこの地から始まり、1880年にロイヤル・アントワープFCが誕生。アントワープ中心部のボサイル・スタディオンをホームとし、リーグ優勝4回、カップ優勝2回のタイトル歴で、1993年にはUEFAカップ・ウィナーズ・カップで準優勝。近年は低迷し2部で燻っているものの、ベルギーでは「ザ・グレイト・オールド」と呼ばれ、アントワープを代表するクラブとして人気を誇っている。

そのロイヤル・アントワープと並んで、アントワープのサッカーを二分するクラブがある。それがアントワープ郊外の南部ヘット・キールをホームとする、ベールスホットAC。ホームスタジアムは、1920年のアントワープオリンピックの会場である12000人収容のオリンピスフ・スタディオン。ボサイル・スタディオンとは僅か11kmしか離れていないものの、ベルギー最古のクラブと対抗するほど熱いサポートを受けているクラブとなり、「アントワープダービー」はベルギーリーグの名物カードとなった。

・ヴェルマーレン、ヴェルトンゲンらを輩出したクラブ

合併母体の1つであるアントワープ北部地区のクラブ、ゲルミナル・エケレンは、1989年にベルギー1部リーグに昇格。1部では常に中位を彷徨い、95/96シーズンの3位が最高位。1999年に当時3部所属、アントワープ南部をホームとするベールスホットVACと合併。ベールスホットVACのオリンピスフ・スタディオンをホームとする、ゲルミナル・ベールスホット・アントウェルペン(以後GBA)が誕生。チーム成績ではアンデルレヒト、クルブ・ブルッヘ、スタンダール・リエージュ、KRCヘンクらには及ばず、中位を彷徨っていた。

若手育成では定評があるクラブで、ゲルミナル・エケレン時代では、トーマス・ヴェルマーレン、トム・デ・ムル、イェレ・ファン・ダメ。GBAではヤン・ヴェルトンゲン、トビー・アルデルヴァイレルト(現アトレティコ・マドリー)らは下部組織出身で、当時提携を結んでいたアヤックスのアカデミーへ巣立っていった。

・長年の財政難により破産。そしてリーグ撤退 

ベルギーでは中堅クラブとしての地位を確立していたものの、常に深刻な財政難に陥っていたベールスホット。1999年のゲルミナル・エケレンとベールスホットVACの合併は、元々はお互いの財政難を解消し、アントワープを代表とするクラブとして、新たに生まれ変わり、ベルギーの4強に匹敵するクラブを目指すはずだった。

だが、両クラブの幹部が残る形で合併を行ったため、合併直後から経営陣内部の争いが絶えず。クラブの内紛により、財政難は克服するどころか更に悪化。2011年5月に、旧ゲルミナル・エケレンの経営陣がクラブを離れたため、チーム名を「ベールスホットAC」に変更。合併当初から続く内紛の終結をアピールし、再起を計った。

しかし、12/13シーズン。チームは元アヤックスのアドリー・コスター監督を招聘するものの、シーズン中盤から全く勝てなくなり、最終成績は15位に低迷。後の降格プレーオフではセルクル・ブルッヘに破れ、2部降格が決定。チームは2部降格が決定した。

更に長年に渡る財政難により、負債は1700万ユーロに膨れ上がった。クラブは売却やスポンサー確保に奔走し、サポーターも募金活動をし、クラブ存続に向けて抵抗するものの、プロライセンスを剥奪され、3部リーグへ強制降格が確定。5月21日にクラブは公式に破産宣告を受け、ベールスホットACはベルギーのあらゆるカテゴリーから撤退した。

・ベールスホット、吸収合併へ

ベルギーでは、新チームとして再スタートする場合、最下層のリーグからスタートしなければならない。ベールスホットの場合、アントワープ州の4部リーグからの再スタートになり、実質8部からのやり直しになる。解散したクラブがやり直すのは容易ではなく、ベルギーでは、近隣のクラブが合併を持ちかけるのがほとんどだ。近年では1部リーグを財政難で撤退したエクセルシオール・ムスクロンを、3部リーグのRRCペルヴェルツが吸収合併し、「ロイヤル・ムスクロン=ペルヴェルツ」として、3部から再スタート。他の例では、2001年に「ズルテセVV」と「KSVワレヘム」が合併し、12/13シーズンには躍進をみせたズルテ・ワレヘムが結成されており、ベルギーでは珍しい出来事ではなく、頻繁にクラブの合併は行われている。

ベルギーリーグから撤退したベールスホットも吸収合併される形で、再スタートを図ることになった。ベルギーのトップカテゴリーでも、1万人を越えるキャパシティのスタジアムは多くなく、実際にズルテ・ワレヘムのアントワープ移転計画がニュースになるなど、様々なクラブとの合併交渉が行われていた。しかし、ズルテ・ワレヘム、2部のサント・ニクラースなどとの交渉は成立せず、再スタートも困難な状況に陥っていた。

・「ベールスホット=ウィルライク」誕生

その状況下で、1つのアマチュアクラブが合併に名乗りを上げた。その名は、「KFCOウィルライク」。アントワープから南に行ったベッドタウンのウィルライクをホームとし、オリンピスフ・スタディオンから僅か2kmのアントウェルペン州1部リーグ(6部)のアマチュアクラブだ。その噂を聞きつけた多くのベールスホットサポーターが、5部リーグへの昇格プレーオフが掛かった試合に駆けつけた。

5月31日、5部への昇格を決めたKFCOウィルライクが、正式にベールスホットACの吸収合併を発表し、新チームを発表した。その名は「KFCOベールスホット=ウィルライク」。チームカラーも紫へ変更し、元のカラーの黄色はアウェイユニフォームに採用。KFCOウィルライクが「ベールスホット」の名前を受け継ぐことになった。

ベールスホットの再スタートは5部リーグからになった。1部リーグ復帰まで最低で4年かかる厳しい道のりとなった。しかし、ベールスホットサポーターは快く受け入れ、7月17日のチーム初練習では、旧ベールスホットのサポーターが500人集まった。

主力選手は旧KFCOウィルライクの選手が中心だったが、過去にベールスホットでプレーしていた選手や、下部組織に所属していた選手を始め、カテゴリーを問わず、実績がある選手が集まり、戦力は徐々に充実。プレシーズンマッチも3部のクラブに勝利するなど、再スタートへ機運が高まっていった。

・開幕戦は8500人

2013年9月1日。アントウェルペン州1部リーグが開幕した。ベールスホット=ウィルライクは、ホームのオリンピスフ・スタディオンで、テルネッセVVと対戦。その試合には多くのベールスホットサポーターを集め、なんと8500人を記録。平均100人にも満たない5部リーグにとっては、異例の事態となった。

開幕前の大型補強と、熱烈なサポーターのバックアップにより、12月9日時点で、ベールスホットは13勝1分1敗で、首位を独走。戦力はこのカテゴリーでは圧倒的と見られ、翌シーズンでは4部昇格が確実視されている。

・今そこにあるクラブを持つ喜びを噛み締めながら

度重なる財政難により、1度は破産宣告を受け、解散したベールスホット。しかし、近隣のアマチュアクラブが受け皿となった。「ベールスホット」と名乗れど、実質的にはウィルライクのクラブが看板を変えただけにすぎず、クラブもウィルライクが所属している5部リーグにカテゴリーを下げている。

しかし、ベールスホットのサポーターには、観に行かない理由にはならなかった。要は「ベールスホット」と名乗り、「オリンピスフ・スタディオン」をホームスタジアムとすること。それが守っているならば、プロアマを問わず、カテゴリーも問わない。1部でも5部でも同じ情熱でチームをサポートし、オリンピスフ・スタディオンでの日常を楽しむことには何も変わらない。僅か11kmしか離れていなくても、2部のロイヤル・アントワープFCのボサイル・スタディオンへ行くなど、とんでもない話だ。

1920年アントワープ五輪が行われた、由緒あるスタジアム、オリンピスフ・スタディオン。今ではフットボール専用スタジアムに改築された、アントワープのフットボールにおける「聖地」だ。クラブがどんな危機に瀕し、例え解散することになろうとも、その地にいる人が100年以上の歴史で積み上げてきたものまで壊れることはない。だから、何度でもやり直せる。

ベールスホットのサポーターは、今そこにあるフットボールを楽しめる喜びを噛み締めているだろう。そして、1部のクラブに負けぬ、情熱と動員力でチームをサポートしている。ベールスホットは屈しない。


著者名:シェフケンゴ

プロフィール:ベルギーサッカーを中心に、様々な観点からサッカーを語るのが大好きなサカオタ。主にベルギー代表、ベルギーリーグについて書いていきたいと思います。愛するクラブは、フランスのAJオセール。

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