不振に喘いでいたマンチェスター・ユナイテッドにおいて、香川真司とフアン・マタというテクニックに優れた2人のプレイヤーは、チームのフットボールを大きく変化させる「救世主」としてファンからの大きな期待を集め続けている。

勿論、日本人のファンが中心となって香川を応援しているのは確かだが、彼は現地でも比較的評価が高い選手だ。実際ドルトムントでの鮮烈な活躍はヨーロッパ中で注目されたし、そして垣間見せる一瞬の才能―特にスペースを見つけ出す鋭い嗅覚―はチーム全体を見渡しても傑出した個性だ。

彼らが共に先発したウエストハム戦、2人はエースのルーニーと絡みながら、攻撃でのコンビネーションや組み立てにおいてある程度の可能性を見せた。特に下の動画、2分30秒からのボールの出し入れなどは、なかなかマンチェスター・ユナイテッドでは見られないパターンの攻撃だろう。

しかし、この成功は同時に「悪い意味での深み」へと嵌って行く危険性も孕んでいる。今回は、多くの専門家が絶賛した2人の同時起用における「本当の問題」について、劇的な勝利を遂げたCLのオリンピアコス戦との比較から考察していきたい。

チームに根付く、サー・アレックス・ファーガソンの影響

もともと、サー・アレックス・ファーガソンが作り出した「赤い悪魔」マンチェスター・ユナイテッドに重視されたのは前線からの激しいハードワークだ。ルーニーとテベスが組んだ時期に象徴されるように、激しい前からのプレッシャーで波状攻撃を仕掛けるということがチームの根本には染みついている。CBに起用されるフィル・ジョーンズが待つことを苦手とし、目の前にあるボールに食付いてしまうのは性格もあるが、「それでもいい」とファーガソンが考えていたことにも関係がある。前からのプレッシャーで激しく相手のパスコース自体を限定してしまえば、DFにとって積極的なチャレンジの成功率は上がる。

しかし、チーム全体が待つスタイルを取った場合は逆だ。積極的なタックルは同時に「無謀」な仕掛けになり、守備に穴を空けることになってしまう。その一方で、デイビッド・モイーズはどちらかというと堅牢な守備を中心として、腰を据えて守るようなチーム作りを得意とする指揮官だ。実際、エバートンではジャギエルカ、ディスタンのCBコンビで守備組織を作り上げ、そこからのカウンターを得意としていた。彼が守備面でマンチェスター・ユナイテッドに規律を叩き込むことに苦しんでいるのは、主にこういった理由に起因する。しっかりと引いて守ろうとしても、それに慣れていない選手たちは凡ミスから失点を繰り返してしまう。ヴィディッチやファーディナンドといった主軸となるべきCBが年齢的に全盛期を過ぎつつあることも、大きなネックとなっているのは間違いない。

オリンピアコス戦で見えた「解決への糸口」

では、モイーズはどうやって窮地に陥ったCLでマンチェスター・ユナイテッドを蘇らせたのだろう。そこには「生きる伝説」ライアン・ギグスの存在があった。

ライアン・ギグスは経験と戦術眼を生かして、前線からタイミングを見てプレスに参加することで「前プレの指揮者」として機能。もともと運動量やフィジカルに定評があるルーニーやバレンシア、ウェルベックといった選手達は、ギグスに合わせてファギー式を思い出させるような積極的な前プレスを開始。オリンピアコスの考える時間を奪い去り、守備の不安を隠し通しながら、ファン・ペルシーの大爆発に繋げた。

実質問題、高度なレベルにあるチームに対した時、マンチェスター・ユナイテッドは引いて守りきれるチームではなくなってしまっているのだ。これは3-0で敗北したリバプール戦にも当てはまる。マタとヤヌザイという守備面で劣るアタッカーを起用した結果、結局ボールを回されてDFラインを下げるしかなくなってしまい、そのままエリア内に侵入されてPKを3本献上してしまっている。

現状モイーズにとって「どのように理想と現実のバランスを取るか」が最も重要な課題であることは間違いないだろう。そして、オリンピアコス戦で明確に示された答えは、少なくとも「アタッカー4枚のうち3枚は、ある程度守備の出来る選手が必要となる」ということであるはずだ。

ウエストハム戦で見えた「危険性」

ウエストハム戦でモイーズ監督は、実験的に「理想」に近い布陣に挑戦したといっていいだろう。しかし残念ながら、この実験は失敗といっていい。相手は14位のウエストハム。空中戦を得意とする彼らに対しては、出来る限りロングボールを未然に防ぐようなチェックが求められるはずだった。

試合自体は、ルーニーのスーパーゴールを含めた2得点で勝利したものの、下の図を見て解るように10本のシュートを浴びてしまっている。エリア内からのシュートが多いのも、前からのプレスが効いていないことで「最後に」弾き出すような守備になってしまっていることが見て取れるはずだ。

west-ham-vs-manchester-united

(Squawka Football より引用)

空中戦を得意とするウエストハムは、3分30秒からの場面のように、身長が比較的低い香川やサイドバックと競らせるようにセンタリングやセットプレーを狙う場面も多かった。そういった意味でも比較的身長が低い2人を置くことはデメリットが大きい。モウリーニョに守備のポジショニング面で苦言を呈されていたマタと、もともとそこまで対人守備を得意としない香川を同時に使うということは、守備ブロックを低い位置に置いて相手を待ち構えることを意味することになる。そうなると、先にも述べたように失点の可能性は大きく上がってしまうのである。攻撃を切り取ったハイライトでは、全てが上手くいっていたように見えるとしても、実際のチームへのマイナスの影響は恐らく攻撃面のプラスを上回ってしまう。

以上の理由から、香川とマタの同時期用は特に強豪を相手にした時には難しいだろう。全体のバランスを考えたら、どちらか1人がギリギリである。それでも、彼らが奏でるハーモニーがデメリットを凌駕する可能性だって0ではない。勿論、ユナイテッドがモイーズの下で時間をかけて守備を整備すれば、香川とマタにある程度自由を与えるという選択も見えてくる。諦めるのは惜しいとモイーズに思わせる程度まで連携を磨いてくれれば、ユナイテッド内での攻撃陣の競争は激化する。それが赤い悪魔の完全復活に繋がることを祈りながら、今回は筆を置くことにしよう。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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