片や指揮官としてのキャリアで数えきれないほどのタイトルを獲得し、現在プレミアの優勝を争うポルトガル人指揮官ジョゼ・モウリーニョ。片や中堅エバートンでコツコツと叩き上げた指揮官にして、サー・アレックス・ファーガソンの後継者という大役に苦しんでいるデイビッド・モイーズ。2人の指揮官の間に、お互いに生まれたのが1963年であること以外の共通点は殆どない。歩んできたキャリア、現在立たされている状況、戦術における傾向…全てにおいて2人は異なった趣向、経験を持つ。

しかし異なったタイプの指揮官である彼らが、様々な異なった要因に左右されながらも同様のミスによって勝ち点を失ったのだからフットボールは面白い。今回は、ジョゼ・モウリーニョとデイビッド・モイーズが冒したミスについて考察することを通して、3センター攻略に関わる失敗例として2つの試合を解釈していこう。(編集部注:ユナイテッドのモイーズ監督は本日22日付で解任されました)

ジョゼ・モウリーニョとチェルシーの場合

ジョゼ・モウリーニョ率いるチェルシーが対したのは、終盤戦の中で最下位に沈むサンダーランド。とはいえ、前節では攻撃力に定評があるマンチェスター・シティと引き分けを演じるなど、降格争いの中で追い込まれたことで厄介なチームへと変貌している。彼らはシティを封じ込めたコルバック、カッターモール、ラーションという中央の堅い3センターをチェルシー戦でも採用。それを容易に予想することが出来たジョゼ・モウリーニョは、その3センターに対して中央で数的有利を作りやすい仕掛けを選択する。それは、オスカルとウィリアンを同時起用することでトップ下2枚とボランチ2枚に近いボックス型として闘うことだった。特にラミレス、マティッチという守備的な2枚を中盤の底として使っていく中で、下図のような形で3センターに上手くボランチとトップ下を抑えられてしまう展開を嫌ったのだろう。

chelsea-vs-sunderland

この形式になってしまうと、組み立てよりもダイナミズムで勝負するボランチの2人がボール保持時にプレッシャーを浴びることになってしまう。それだけでなく、カウンター時にコルバックやラーションが前線に絡んでいくリスクまで増えることになるのだ。安全に中央を攻略し、ボールを持ちたかったジョゼ・モウリーニョは左に置いたウィリアンを中央でプレーさせることによって、中央で3対4の数的有利を作ることを目指した。

chelsea-vs-sunderland

中央に2枚が出てくる形となると、どうしても3センターは図のように引かざるを得ない。こうなればボランチに組み立てで自由を与えながら、中央でのカウンターも処理しやすくなるという訳である。右に浮いたサラーの突破力も、コルバックのボランチへのプレッシャーを牽制するカードとして働いていた。

デイビッド・モイーズとマンチェスター・ユナイテッドの場合

デイビッド・モイーズが対したのは古巣エバートン。スペイン人指揮官ロベルト・マルティネスもバークリー、マッカーシー、バリーを使った3センターに近い形を好む指揮官だ。モウリーニョと同様に3センターに近い形で守備を固められた際に中央での主導権を取ろうと考えたモイーズは、左サイドハーフに香川真司を起用する。簡単に要約すれば、中央のマタにオスカル、左の香川にウィリアン、右のナニにサラーの役割をさせようとしたのである。エバートンはフォーメーションとしては4-4-2表記となっていたものの、右サイドハーフのミララスがWGのように高い位置で振舞う一方、左サイドハーフのバークリーはセンターのような位置で守備に参加していたことから、実質は3センターに近い形だったと言っていいだろう。Squawka.comのロス・バークリーのヒートマップからは、明らかに彼が守備面で左のセンターハーフとしてのタスクをこなしていたことが良く解る。そういった意味では、チェルシーと同様にマンチェスター・ユナイテッドも3センター相手にボックス型を採用したと言える。

ボックス型と3センター。隠れた守備面でのリスクと高い代償

「当初の目的通りボールを支配したものの、中央での崩しが3センターという中央が堅いシステム相手に行き詰まってしまった」、というのが両チームの突き当たった最初の壁であった。

特に混乱が目に見えたのはマンチェスター・ユナイテッドで、この時点で香川、マタ、ルーニーという3人はやるべきことを見失ったようにさ迷うことになる。エバートンのスカウティングも巧みで、香川やマタには中距離砲は無いと知った上で上手く距離を取りながら狭いエリア内へと誘導していった。「ボールを持っているだけでスペースを作るフリーランが足りない」とはSKY SPORTでのドワイク・ヨーク氏のコメントであるが、解りやすく状況を描写していると言えるだろう。

チェルシーは流石優勝候補であるだけのことはあって試合前からの具体的なプランを用意しており、全体の48パーセントのシュートをエリア外から撃っていった(Whoscored 参照)。シュートの雨に晒すことによって守備を動かし、そのスペースを突こうという狙いがあったのだろう。更に右サイドのサラーは、サイドに浮いたことを生かして突破を仕掛け、中央寄りの攻撃にアクセントを加えようとする。

しかし、それでもなかなか思うように崩せないことでウィリアン、香川という左サイドを使いたくなってくるのは当然の流れだ。そうなると必然的に、ビュットナーとアスピリクエタという両サイドバックの稼働区域は広がり、運動量も多くなる。squawka.comのヒートマップを見ると、敵陣で積極的に攻撃に関わるだけでなく、守備でも活発に自陣を守る2人の活躍が解る。マンチェスター・ユナイテッドにおいては、スモーリングもかなり高い位置を取って攻撃に参加する場面が目立った。しかし、明らかにこのポジションへの負荷は大きすぎた。

解り易かったのはマンチェスター・ユナイテッド対エバートンだろう。香川が中央に陣取ったせいでミララスとコールマンというプレミア屈指のサイドアタッカー陣に加え、右サイドに流れてくるルカクやネイスミスといった面子を1人で相手しなければならない状態になってしまったビュットナーは攻撃での負担もあってあっさりと陥落。Whoscoredによれば、右サイドからのシュートはエバートンが放ったシュート全体の41%を占めた。

勿論、下の動画でも解るように失点やチャンスも、ほとんどがマンチェスター・ユナイテッドの左サイドを起点としたものである。ウィリアンと比べると守備力やフィジカルに雲泥の差がある香川真司も、守備面で明らかな穴となってしまった。Guardia紙などに寄稿するRichard Jolly氏も、「ビュットナーの守備も不十分だが、そもそも彼の前にいるはずの香川がコールマンを見られていない」とTweetして守備面でのミスについて言及している。

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チェルシー側は、それでも攻められる機会自体が少なかったことと、絶好調のアスピリクエタの溌剌とした守備によって守備での問題が露呈することは多くは無かった。エバートンの攻撃のように、多くの枚数をかけた効果的な攻撃をサンダーランドが仕掛けられた訳でもない。それでも、最後のPKの起点となった攻撃は左サイドからで、PKはアスピリクエタが芝生に足を取られてしまうという不運から生まれたものだ。

ただ、アスピリクエタの高い能力を考えたら、このようなミスはなかなか起こるものではない。ここで筆者は、そのミスが「攻守で度重なるスプリントを強いられたことで負担が増大したこと」によって生まれたミスであったという仮説を提示したい。特にチェルシーは、後半トーレスやバといったFWやシュールレを交代で加えるなど中央での崩しを重視し、よりサイド攻撃はサイドバックに依存することになった。そういった戦術による過度な負担が、単純なミスを生んでしまった可能性は決して低くはないだろう。

勿論3センターに対するボックス型が、主導権を握り支配率を高める上では有効な手であることは認識する必要がある。実際チェルシーは、何度となく決定的なチャンスを作り出したし、サンダーランドの勝利は幸運と、降格を脱するというモチベーションに支えられた部分も大きい。

しかしそれでも、守備と攻撃においてサイドバックに明らかな負担がかかることは明白である。もしこの形式を使うのであれば、左のアタッカーには「守備時に左サイドを潰し、攻撃では中央でプレーする」という圧倒的な運動量が必要になる。レアル・マドリードでディマリアやイスコがこなしているように、2人分の役割を同時にこなさなければならないのだ。香川と比べたらウィリアンには、そういった汚れ仕事をこなす能力はあるだろうし、そういった意味でジョゼ・モウリーニョはリスクを冷静にマネジメントしようとしたはずだ。しかし結果を見る限り、3センターに対するボックス型は失敗だったと言えるだろう。

逆に言えば3センターは、弱者が相手の攻撃を封じる手段として有効なだけでなく、今回のように相手の守備陣に隙を作り出す可能性を秘めた優秀な戦術だ。デイビッド・モイーズがバイエルン相手にも見せたように、3人によって組まれた中盤を破るのはグアルディオラをもってしても簡単ではない。だからこそ、3センター崩しというのは今後も注目すべきトピックになるだろう。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
ツイッター:@yuukikouhei

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