日本プロ野球(NPB)通算最多となる3085安打を記録した張本勲氏が86歳で亡くなった。日韓両国の球界発展に尽力した名手の死を、韓国メディアも深い哀悼の意とともに伝えている。
張本氏のルーツは両親の…
張本氏は幼少期に広島で被爆を経験しながらも、大打者へと成長していった。韓国メディア『OSEN』によると、張本氏は1940年、韓国の慶尚南道陜川(ハプチョン)にルーツを持つ両親のもと広島で生まれ、幼少期に右手へ大火傷を負っただけでなく、第二次世界大戦中の5歳の時には原爆投下を目の当たりにした。
右手のリハビリを重ねながら左打ちを磨き、大阪の浪華商業高校(現・大体大浪商)を経て1959年に東映フライヤーズへ入団。高卒1年目で新人王を獲得すると、通算7度の首位打者に輝いた。1962年にはパ・リーグMVPに選ばれ、日本一にも貢献した。巨人、ロッテと渡り歩き、1980年にはNPB史上初となる通算3000安打を達成。23年間の現役生活で残した通算成績は、3085安打、504本塁打、打率.319だった。
8月には韓国の盟友が亡くなったばかり

現役時代の張本氏は韓国にルーツがあることについて心ないヤジを受けることもあったという。それでも安打を放ち続け、引退後の1990年には日本の野球殿堂入りを果たした。さらに1982年の韓国プロ野球発足時には総裁特別補佐役を務め、黎明期の韓国野球発展にも尽力した。
『OSEN』は東映時代にチームメイトとして活躍した白仁天(ペク・インチョン)氏との絆にも言及。白氏は韓国プロ野球初年度に唯一の「4割打者」を達成した打者で、8月15日に亡くなったばかりだった。張本氏の訃報を「また一つ、大きな星が消えた」と伝えている。
