昨年10月、右下腿の血栓によって一度は契約を解除されたが、医学的な問題が解消されると、懸命なリハビリと自主トレーニングでコンディションを回復。ボールハンドラー不足というチーム事情も背景に、ブルズは河村を再評価し、再契約に踏み切った。
NBAとGリーグを行き来するツーウェー契約ではあるものの、再びNBAの一員として挑戦を続けられる環境を手にしたこと自体が、大きな前進と言えるだろう。
ではいまの河村は、NBAでどんな評価を受け、何を武器に戦っているのか。
その現在地を紐解くために話を聞いたのが、かつてWOWOW NBAのメインキャスターも務め、現在はNBA docomoでも解説を担当するスポーツナビゲータの長澤壮太郎氏だ。国際基督教大学男子バスケットボール部の監督としても活動し、長年にわたりNBAを多角的に見続けてきた人物だ。
なお、河村と八村塁が対戦する可能性のあるシカゴ・ブルズvs.ロサンゼルス・レイカーズの一戦は、日本時間 2026年1月27日 10時ティップオフ、NBA docomoで配信予定となっている。
“早すぎず、遅すぎない”タイミングで踏み出した、河村勇輝のNBA挑戦
NBAという世界に挑戦するうえで、才能や努力だけでは語れない要素がある。それが「いつ、その舞台に立つのか」というタイミングだ。
河村は日本代表として世界を相手に戦い、ワールドカップやオリンピックという大舞台も経験した。そのうえで昨シーズン、NBAへの扉を叩いた。
長年NBAを見続けてきた長澤氏は、この挑戦をどのように捉えていたのか。
――河村選手のNBA挑戦をどのようにご覧になっていましたか?
長澤:昨シーズンのNBA挑戦は、時期として本当にちょうど良かったと思います。日本代表として世界の選手と戦い、「このレベルで勝負できる」という感覚を、本人も周囲も共有したうえでの挑戦でした。早すぎて失敗することもありますし、遅すぎるケースも少なくありません。その点、河村選手は非常に良いステップを踏んできたと思います。
NBA挑戦は、勢いや夢だけで踏み出せる場所ではない。
三遠ネオフェニックス、横浜ビー・コルセアーズでの活躍に加え、日本代表としての経験、そしてワールドカップという大舞台。その積み重ねが「NBAで戦うための準備」になっていた。

取材に応じる河村 河村が今季公式戦初出場 NBA下部Gリーグのクリッパーズ戦前に取材に応じるブルズの河村勇輝=15日、米カリフォルニア州オーシャンサイド(共同)
技術以上に問われる、NBAで生き抜く力
海外挑戦は、日本での延長線上にあると見えがちだ。しかし、日本で積み上げてきた実績や評価が、そのまま通用する世界ではない。
――NBA挑戦の難しさを教えてください。
長澤:日本でプロになるのも、海外でプロになるのも、NBAであってもユーロリーグであっても、すべてゼロからのアジャストが必要です。野球とベースボールが別のスポーツだと言われるように、FIBAのバスケットボールとNBAのバスケットボールも、視点やニュアンスがまったく違います。
――河村選手の素晴らしさは、どこにあると感じますか?
長澤:プレーはもちろんですが、とにかくポジティブで、ボディランゲージが素晴らしい。海外向きの選手だと感じます。日本人選手は真面目で技術は高いですが、どうしても内向的になりがちです。NBAでは、逆境へのアジャスト力やコミュニケーション能力が、非常に早い段階で求められます。昨シーズン、メンフィス・グリズリーズで河村選手はすぐに周囲と馴染み、ジャ・モラントとも自然にコミュニケーションを取っていました。これは軽く見られがちですが、私の中では1番か2番目に重要なポイントです。「馴染める」ということ自体が、大きな武器になります。
――NBAのコートに立ち、自身のプレーで現地のファンも魅了していましたね。
長澤:NBAは、たった1度のチャンスしか与えられない世界です。「緊張していた」「まだ慣れていなかった」では、それで終わってしまう。どれほど才能があっても、その場に飲まれれば、NBAでプレーする機会は簡単に失われます。河村選手は、絶対的に“いい顔”をしています。体や表情、態度から「やってやる」というオーラが出ている。日本人選手の中でも、群を抜いて良いものを放っていると思います。
――身長172cmというサイズは、議論されやすい点ですよね。
長澤:ディフェンスでミスマッチになる場面はあります。ただ、それをどうカバーするかはチームの仕事であって、彼一人の問題ではありません。それでも彼をコートに立たせるのは、チームが河村選手を評価しているからです。俯瞰してコートを見られるからこそ、あのノールックパスが成立する。彼は自分が活躍するだけでなく周りを活かせる選手です。だからチームメイトから好かれます。サッカー日本代表の長友佑都選手のように、サイズに関係なく試合の流れを変えられる力があり、世界中で愛されるキャラクターもある。河村選手も、どの国でも愛されるタイプの選手だと思います。
サッカーの長友佑都が見せてきたように、チームの中心として存在感を発揮するー。NBAの舞台で、そんな河村の姿が見られることを期待したい。

インタビュアー木村英里(左)とNBA docomoで解説を担当するスポーツナビゲータの長澤壮太郎氏
NBA史に名を刻む、王朝の記憶を持つ名門「シカゴ・ブルズ」
マイケル・ジョーダンが、1990年代に王朝を築いた名門、シカゴ・ブルズ。2度の3連覇、計6度のNBA制覇を成し遂げ、赤いユニフォームを世界的なアイコンとなった。その存在は、日本の大人気漫画『SLAM DUNK』にも影響を与えたと言われている。
――ブルズのホームアリーナであるユナイテッド・センターはどんな場所ですか。
長澤:マイケル・ジョーダンの銅像があり、アリーナ内には優勝トロフィーなど、ブルズの歴史を物語る展示が並んでいます。そしてコートに出ると、天井には6度の優勝を示すバナーが掲げられている。歴史が生まれてきた場所だと感じさせられる空間です。歩くだけで、自然とワクワクしますね。
いま河村は、その名門に新たな歴史を刻もうとしている。
「今日は自分が出る」――NBAで求められる覚悟
NBAにおけるツーウェー契約は、NBAとGリーグを行き来しながらプレーする立場だ。
――NBA、そしてツーウェー契約ではどんなことが求められるのでしょうか。
長澤:NBAの選手たちは、常に「今日は自分がスタメンで出る」というメンタルで準備をしています。ツーウェー契約であっても、その意識は変わりません。今シーズンで言えば、ポートランド・トレイルブレイザーズのケイレブ・ラブが、ツーウェー契約ながらスタメンで起用され、チーム事情も追い風に存在感を示しています。NBAでは、ラブのように声がかかる瞬間が日常的にあります。午前中にGリーグの試合に出場し、午後にコールアップされ、そのまま移動して夜のNBAゲームに出場する。そんなケースも珍しくありません。ツーウェー契約は「待つ立場」ではなく、「チャンスを掴みにいく立場」なんです。日常的に
――河村選手の立ち位置についてはいかがですか。
長澤:最初からスターターである必要はないと思います。セカンドユニットを魔術師のように操る時間帯があれば、チームの層は厚くなる。実績を積み、信頼を勝ち取り、そこからスターターに上った選手はたくさんいます。ブルズには、シューターのケビン・ハーター、センターのニコラ・ブーチェビッチ、スラッシャーとして勢いのあるマタス・ブゼリスなど、河村にとって使いやすい選手が揃っています。全体のバランスがよく、ガードとしてゲームをコントロールするうえで、とてもやりやすい環境だと思います。
河村個人の挑戦から、日本代表、そして日本バスケへ
河村のNBA挑戦は、個人のキャリアにとどまらず、日本代表、そして日本バスケットボール界へ還元されていくはずだ。
――河村選手がNBAで経験を積むことは、日本代表にはどのような影響を与えますか。
長澤:まずはメンタル面でしょう。2027年のワールドカップ、2028年のロサンゼルス五輪。もう「格上」「ランキング」という発想の段階は終わりつつあります。一発勝負なら日本は勝てると、本気で信じられるかどうか。これは、野球やサッカーが通ってきた道とも重なります。代表には八村塁や渡邊雄太といったNBA経験者もいます。NBAを通ってきた選手が持ち帰る感覚や基準に、国内組がどう乗っていけるか。そこが噛み合えば、日本代表はさらに強くなります。NBAで培った“イズム”を、ぜひ代表に持ち帰ってほしいですね。ロサンゼルス五輪は、NBAで実際に使用するアリーナが舞台になる可能性が高い。NBAを経験している河村選手にとって、慣れた環境で戦えるのは平常心で臨めるはずです。さらに、河村選手をきっかけに、日本の選手たちへ向けたスカウトの目も確実に広がっていくと思います。
河村の挑戦が、NBAとの距離をどれだけ縮めていくのか。非常に興味深い。
田臥勇太から河村勇輝へーーーあの頃、夢見たNBAがいま目の前に
――往年のバスケットボールファンが思い描いていた世界が、現実になりつつありますね。
長澤:田臥勇太選手がフェニックス・サンズでプレーした姿は、日本人に「NBA」という夢を見せてくれ、その道を切り拓いた先駆者です。そして同じ小さなガードというポジションで、その夢を「日常」に変えてくれる存在が、いまの河村選手なんです。

2004年にNBAデビューした際、ホークス戦の第4クオーター、相手の攻撃を防ぐサンズの田臥勇太=フェニックス(共同)
――改めて、NBAの楽しみ方を教えてください。
長澤:プロ野球やJリーグも「推しがいるから」「なんとなく面白そう」で見始めた方も多いと思います。NBAも同じで、軽い気持ちで見ていただけたら。一度扉を開いてもらえば、説明はいらない。試合の中で、10秒に一度はハイライトが起きる。それがNBAです。例えば、1月27日のレイカーズ戦は、河村選手と八村選手の日本人対決が実現するかもしれません。少し前なら画像加工じゃないと見られないと思っていた光景が、現実として起ころうとしているんです。「あの試合を見た」という記憶が残るだけでも十分です。Bリーグや日本代表戦を楽しみながらも、この瞬間を、ぜひ一緒に楽しんでほしいですね。
長澤氏は興奮気味に語ってくれた。かつて夢だった景色が、いま確かに目の前にある。河村の挑戦、その新たな歴史を見届けたい。
取材・文:木村英里(フリーアナウンサー)
【プロフィール】
長澤壮太郎
スポーツナビゲーター、バスケットボール解説者。
かつてWOWOW NBAでメインキャスターを務め、長年にわたりNBAの魅力を日本に発信してきた。現在はNBA docomoでも解説を担当し、豊富な取材経験と国際的な視点をもとに、戦術からカルチャーまで幅広く伝えている。
また、国際基督教大学(ICU)男子バスケットボール部の監督として、育成年代の指導にも携わる。トップレベルの競技理解と現場感覚を併せ持つ、日本バスケットボール界を代表する語り部の一人。
木村 英里(きむらえり)
バスケの魅力にハマったフリーアナウンサー。テレビ静岡、WOWOWのアナウンサーを経て、2015年よりフリーアナウンサーとして活動。NBA中継や関連番組をはじめ、B.LEAGUEの取材や「バスケを観に行く旅をしよう!」がコンセプトのWEBマガジン「balltrip MAGAZINE」副編集長を務めている。
