毎日の自転車通学で身についた思わぬ土台
高校へ進学したAさんには、入学直後から悩みがありました。自宅から学校までの電車は身動きが取れないほど混み合っていたのです。
満員電車がどうしても苦手だったAさんは、思い切って自転車通学を選びました。片道約30km、往復では60kmを超える道のり。しかも、乗っていたのは競技用の自転車ではなく、ごく普通のママチャリでした。
家族からは「毎日続けるのは無理じゃないか」と心配されましたが、本人にとっては混雑した車内よりも気楽だったそうです。
通学路には長い坂道や起伏のある山道もありました。重い野球部のかばんを載せ、上り坂ではペダルを強く踏み込み、下り坂では車体がぶれないように支える。その繰り返しが、知らないうちに脚力と持久力を鍛えていきました。
Aさんは野球部に所属していたものの、当時のポジションは内野手です。自転車通学をトレーニングだと考えたことはなく、「電車に乗りたくないから走っていただけ」と笑っていました。
内野手から県内注目の投手へ
転機が訪れたのは3年生の春です。投手として本格的に起用されるようになると、監督はAさんの投球フォームが崩れにくいことに気付きました。
投球の終盤まで軸足が粘り、踏み出した脚もぶれません。何球投げても下半身が安定しているため、腕の力だけに頼らず、地面から生まれた力をボールへ伝えられたのです。
フォームが固まるにつれて、球速は目に見えて伸びました。やがて最速は140キロを超え、内野手だったAさんは県内でも名前を知られる投手へ変わっていきます。
チームメイトから「下半身の安定感すごい。どんなトレーニングしたの?」と聞かれたAさんは、そこで初めて毎日の通学を振り返りました。坂道で立ちこぎをせず、一定の姿勢でペダルを踏み続けた時間が、投手に必要な土台をつくっていたのです。
満員電車を避けたい。その何気ない選択が、野球人生を変える武器になりました。Aさんは今も「高価な道具より、あのママチャリが一番の相棒だった」と懐かしそうに話しています。
【体験者:30代・男性会社員、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、小学4年からは野球に打ち込み、大学卒業までの実に十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将としてチームをまとめ、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)で指導者としてもキャリアを重ね、「する側」「観る側」「教える側」のすべての視点からスポーツと向き合ってきた。
プレイヤー・キャプテン・指導者という異なる立場を経験する中で、勝ち負けの記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたスポーツにまつわるリアルなエピソードを中心に取材し、感動や驚き、時にはちょっとした仕返し劇まで、スポーツの現場で生まれる人間ドラマをコラムとして執筆している。

