誰にも見向きされなかった反復練習
中学時代のAさんは、県大会への出場経験もほとんどない弱小卓球部に所属していました。部内でも控えに回ることが多く、公式戦に出ても思うような結果を残せなかったそうです。
それでも練習を休むことはありませんでした。Aさんが続けたのは、壁打ちや素振り、同じコースへ返すだけの地味な反復練習。周囲が飽きて休憩している間も、一人でラケットを振っていました。
派手な強打は打てません。代わりに、同じ姿勢から同じ場所へ返球する正確さは、少しずつ磨かれていきました。
Aさんは左利きでしたが、部内に左利きの選手はほかにいません。普段は男子の右利き部員に相手を頼み、速い球を何本も受けながら練習していました。そのため、右利きの選手が狙いやすいコースや、ラリーの組み立てが自然と体に染み込んでいったのです。
迎えた中学最後の大会。対戦相手に決まったのは、県大会上位の常連校でエースを務める選手でした。周囲は誰もが、短い試合になると思っていました。
左利きが生んだ予想外の1ゲーム
試合が始まると、強豪校のエースは速い攻撃でAさんを追い込みます。しかしAさんは無理に打ち返そうとせず、壁打ちで磨いた一定のリズムを崩しませんでした。
一方、相手は左利きとの対戦に慣れていません。右利きなら崩せるはずのコースがAさんの得意なフォア側へ入り、サーブの回転も思うように効かず、次第に焦りが見え始めました。
Aさんは短い返球と深い返球を丁寧に使い分け、相手のミスを誘います。そして、格上のエースから1ゲームを奪いました。弱小校の補欠が県上位の選手と競り合う姿に、会場からどよめきが起こったそうです。
最終的には、経験と総合力で上回る相手に敗れました。ところが、試合後にエースが近づき、Aさんへ声をかけます。
「君の左は、本当にやりづらかった」
勝利には届かなくても、自分の積み重ねが格上の選手に通用した。その一言が、Aさんには何よりうれしかったといいます。
現在は、職場で事務作業のスペシャリストとして活躍中です。細かな確認や単調な入力も正確に続けるAさんは、同僚にとって欠かせない存在になりました。黙々と反復できる強みは、卓球台を離れた今も彼女の支えです。
【体験者:40代・女性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、小学4年からは野球に打ち込み、大学卒業までの実に十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将としてチームをまとめ、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)で指導者としてもキャリアを重ね、「する側」「観る側」「教える側」のすべての視点からスポーツと向き合ってきた。
プレイヤー・キャプテン・指導者という異なる立場を経験する中で、勝ち負けの記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたスポーツにまつわるリアルなエピソードを中心に取材し、感動や驚き、時にはちょっとした仕返し劇まで、スポーツの現場で生まれる人間ドラマをコラムとして執筆している。

