後輩を守るつもりで、自分のプレーを押しつけた
高校時代、私は卓球部で1学年下の後輩とダブルスを組みました。後輩は左利きで技術もありましたが、先輩の前ではいつも萎縮していました。練習でも「任せます」と言って、自分の希望をほとんど口にすることはなかったのです。
公式戦の初戦で当たったのは、地区でも知られた強豪校のペアです。私は後輩へ難しい球を打たせてはいけないと考え、広い範囲を自分でカバーしようとしました。
卓球のダブルスは、2人が交互に打たなければなりません。それなのに私は、後輩が次に打ちやすい球を作るより、自分が決めることばかり考えていたのです。無理に回り込むたび動線が重なり、2人の間にあるはずのリズムが崩れました。
後輩は私の動きを避けるだけになり、第1ゲームを落とします。ベンチへ戻った私は、相手の球が速いことやコースが厳しいことばかり口にしました。作戦を変えるとしても、自分がどう動くかしか頭にありませんでした。
初めて聞いた「僕に回してください」
休憩が終わる直前、それまで黙っていた後輩が私の顔を見ました。
「先輩、僕に回してください」
強い口調ではありません。それでも、先輩へ遠慮してきた後輩が初めてはっきり伝えた意思でした。私はようやく、守っているつもりで相手の役割まで奪っていたことに気づきます。
後輩の左利きを生かすため、次のゲームから配球を変えました。私が無理に決めにいかず、後輩のフォアハンドへつながるコースを選びます。後輩も遠慮なく動き、左腕を振り抜く回数が増えました。
それまで簡単に決めていた相手ペアが、左右の違いに戸惑い始めます。得点するたびに後輩の声も大きくなり、私たちは最終ゲームへ持ち込みました。
9対9で迎えた終盤、私は相手の返球を後輩の得意な形へつなぎました。次の瞬間、後輩のフォアハンドが相手コートの角へ決まります。最後の1点も2人でつなぎ、11対9で逆転勝ちしました。
試合後、後輩はいつもの控えめな表情に戻り、「回してくれて、ありがとうございました」と頭を下げました。けれども、感謝したいのは私の方です。ダブルスは強い方が弱い方を守る競技ではなく、互いの力を出せる場所へ球をつなぐ競技だと教えられました。
現在の私は会社員です。仕事で仲間へ役割を任せるたび、あの日の一言がよみがえります。相手を信じて一歩引くことも、チームのためにできる大切なプレーです。
【体験者:30代・男性会社員、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、小学4年からは野球に打ち込み、大学卒業までの実に十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将としてチームをまとめ、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)で指導者としてもキャリアを重ね、「する側」「観る側」「教える側」のすべての視点からスポーツと向き合ってきた。
プレイヤー・キャプテン・指導者という異なる立場を経験する中で、勝ち負けの記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたスポーツにまつわるリアルなエピソードを中心に取材し、感動や驚き、時にはちょっとした仕返し劇まで、スポーツの現場で生まれる人間ドラマをコラムとして執筆している。

