失格してからスタート台が怖くなった
中学2年の夏、私は水泳の100メートル自由形に出場しました。合図より先に体が動き、フライングで失格となります。係員から失格を告げられても、すぐにはプールから上がれませんでした。
水面に映る太陽を見つめながら、応援席にいる選手の顔を考えていました。荷物をまとめる手が震え、誰とも目を合わせられなかったことを覚えています。
その後も練習のタイムは悪くありません。けれども、試合を思い浮かべるだけで呼吸が浅くなりました。笛の音を聞くと、また早く飛び込む気がして体が固まります。
コーチは個人種目への出場を無理に勧めませんでした。地区大会で任されたのは、4人で100メートルずつ泳ぐリレーの第2泳者だけです。自分のスタートで失格すれば、今度は3人の記録まで奪ってしまう。その不安が胸から離れませんでした。
「次の人に渡すことだけ考えよう」
大会当日、第1泳者を務める親友のYがゴーグルを直しながら話しかけてきました。
「スタートが怖いのは、みんな同じだよ。お前は前の人が触れたら出ればいい。次の人に渡すことだけ考えよう」
私は、失格してからずっと自分だけが見られている気になっていました。しかし、リレーは一人で始まり、一人で終わる競技ではありません。Yの言葉を聞き、役目を次の選手へつなぐことだけに集中しようと決めました。
第1泳者が最後のターンを終え、こちらへ近づいてきます。私はスタート台の縁を握り、Yの腕と壁だけを見ました。周囲の歓声も電光掲示板も視界へ入れません。
Yの手が壁に触れたのを確かめてから飛び込むと、体は驚くほど自然に動きました。水をかくたびに息が整い、ターンの後も前だけを見ます。最後は第3泳者へつなぐため、迷わず壁をたたきました。
プールから顔を上げたとき、Yが親指を立てていました。順位よりもうれしかったのは、自分のスタートで仲間の泳ぎを止めなかったことです。あの一本を境に、試合への怖さは少しずつ薄れていきました。
今は娘がスイミングクラブに通っています。スタート台で緊張する姿を見ると、口から出るのは「1本、落ち着いて!」という言葉です。あの夏に親友から受け取った言葉を、今度は娘へ渡す番になりました。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、小学4年からは野球に打ち込み、大学卒業までの実に十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将としてチームをまとめ、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)で指導者としてもキャリアを重ね、「する側」「観る側」「教える側」のすべての視点からスポーツと向き合ってきた。
プレイヤー・キャプテン・指導者という異なる立場を経験する中で、勝ち負けの記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたスポーツにまつわるリアルなエピソードを中心に取材し、感動や驚き、時にはちょっとした仕返し劇まで、スポーツの現場で生まれる人間ドラマをコラムとして執筆している。

