移住先で迎えた、初めての公式戦
これは、娘が小学4年生の時の話です。娘のアイスホッケー環境を変えるために、私たち家族は九州から北海道へ移住しました。2000km以上離れた土地で、知り合いは誰もいません。新しいチームに加入した娘は、練習のたびに氷へ出るのが早くなり、家でもその日にできた動きを自分から話すようになっていました。
アイスホッケーが好きだという感覚を取り戻した、その頃に迎えたのが、この日の公式戦です。北海道で戦う初めての公式戦であり、新しいチームメイトと臨む初めての試合でもありました。
望んだ形ではないポジションで、最後まで戻り続けた
対戦相手は、事前の情報から、勝機のある相手だと見ていました。試合は最後まで点を取り合う展開になり、結果は2点差での敗戦でした。
娘はこの試合で、ヘッドコーチから任されたディフェンスのポジションに入っていました。それまで娘はフォワードに魅力を感じており、ディフェンスへの転向は、本人が望んだ形ではありません。それでも最後まで自陣に戻り続け、体を寄せてパックを奪いにいく動きを繰り返していました。
会場では一滴も出なかった涙が、エンジンを切った瞬間に
試合が終わり、会場を出るまでの間、娘は誰を責めることもありませんでした。味方のミスにも、判定にも、一言も口にしません。表情を変えず、自分の道具を片付け、チームメイトと指導者に挨拶をして、そのまま車に乗り込みました。
車内でも、試合の話は出ませんでした。私からも、あえて何も聞きませんでした。窓の外を見たまま、娘は自宅に着くまでほとんど口を開きません。
そして車が自宅の駐車場に入り、私がエンジンを切った、その瞬間でした。娘は座席から動かないまま、声を上げて泣き始めたのです。会場を出てからの道のりを、ずっとこらえていたことが、そこで分かりました。娘が試合の結果でこうして泣いたのは、この日が初めてでした。
数日後、娘が自分から口にしたポジション
翌日から、娘の自主練習には明らかに身が入るようになりました。そして数日後、それまで本人の中で定まっていなかったポジションについて、娘は自分から言いました。「私はディフェンスで行きたい」
駐車場で流した涙は、数日のうちに、自分でポジションを選ぶ一言に変わっていました。
【体験者:30代・女性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:村岡栞里
子どものアイスホッケー環境を整えるため、九州から北海道への移住を果たした、並外れた行動力を持つ親目線ライター。5年を超えるキャリアを経て、新天地でさらなる高みを目指す娘の競技生活を「現在進行形」で全力サポートしている。これまでの道のりで、指導者や保護者間のリアルな人間模様、子どもたちが直面する葛藤を肌で感じてきた。今もまさにその渦中に身を置き、苦楽を共にしているからこそ紡げる「生きたエピソード」が最大の強み。現場のリアルな息遣いが伝わるコラムを執筆している。

