距離を増やしても遅くなる日々
これは、私の元職場の先輩から聞いた話です。
30代で市民マラソンを始めた先輩は、秋のハーフマラソンへ向けて練習距離を増やしていました。ところが、春には楽に走れたペースでも息が上がり、5キロで脚が止まります。
先輩は仕事が忙しく練習不足だったせいだと考え、休日の距離をさらに伸ばしました。
しかし記録は戻らず、走った翌日は階段を上るだけでも息切れします。それでも大会が近いことを理由に、休む決断ができませんでした。
仲間が止めた朝の練習
ある朝、ランニング仲間と走っている途中で顔色が悪いと言われました。
先輩は「気合が足りないだけ」と続けようとしますが、仲間は一緒に歩いて帰り、その週の練習を休むよう勧めました。
同時期に職場の健康診断があり、問診で息切れと疲れやすさを伝えました。
後日、血液検査の結果について医療機関で説明を受け、鉄欠乏性貧血と診断されたそうです。先輩は、走れない理由を根性の問題にしていた自分へ初めて気付きました。
走らない予定を入れた手帳
治療と運動の再開時期は医師へ相談し、先輩は大会への出場を見送りました。
食事や薬についても自己流で判断せず、指示に従います。手帳には走る距離ではなく、休養日と受診日を書くようになりました。体調が戻った後も、最初は散歩から始め、短いジョギングへ移行するスタイルに変更したそうです。
先輩の仲間も以前のペースを求めず、会話ができる速さで隣を走りました。数字が少しずつ安定するにつれ、先輩は休むことへの罪悪感を手放せるようになったといいます。
記録を狙わなかった復帰戦
翌年、先輩は同じハーフマラソンへ参加しました。目標は自己ベストではなく、異変があれば途中で止まること。
仲間と給水ごとに体調を確かめ、無理のないペースで完走しました。以前よりタイムは遅くても、最後まで呼吸を整えて走れたことがうれしかったそうです。
現在は月間距離だけで練習を評価せず、疲労や睡眠、定期的な検査も含めて計画を立てています。
「頑張れない日」ではなく、「確認が必要な日」がある。健康診断で知った原因が、競技との付き合い方を変えました。
【体験者:30代・女性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、4年から野球に打ち込み、大学卒業まで十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将を務め、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)の指導者も経験し、「する」「観る」「教える」すべての視点でスポーツと向き合ってきた。その中で、勝敗の記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたリアルなエピソードを中心に取材し、執筆している。

