足元がおぼつかない新メンバー
これは、私の友人から聞いた話です。友人と後輩Aは、地域の男女混合フットサルチームへ加入しました。最初の自己紹介で、Aは「フットサルは初めてです」とだけ伝え、右サイドで練習を始めます。
走力はあるものの、足元へ来たボールを止めると大きく弾き、シュート練習でも空振りします。
経験者の仲間は基礎から教え、Aは練習後に壁当てを続けました。それでも初めて出場した大会では、控えとしてベンチから声を出す時間がほとんどだったそうです。
PK戦直前に起きたアクシデント
チームは接戦を勝ち上がり、準決勝は同点のままPK戦へ入りました。ところが終了間際の接触で、ゴールキーパーが手首を痛めます。続行は難しく、控えの中から代役を出さなければなりません。
全員が黙る中、Aがビブスを脱ぎ、「私が入ります」と手を挙げました。仲間は足元の練習に苦戦する姿しか知らず、監督役の代表も「経験はあるの」と確認します。Aはグローブを受け取りながら、「少しだけ」と答えました。
ゴール前で戻った7年間
Aは中学から大学まで、ハンドボールのゴールキーパーだったのです。フットサルの競技経験はなくても、相手の軸足や肩の向きからシュートコースを読む動きは体に残っていました。
相手の2人目が助走に入ると、Aは早く動かず、蹴る瞬間まで中央で構えます。右下へ飛んだボールを片手ではじくと、ベンチから「本当に初めてなの」と驚きの声が上がりました。さらに4人目のシュートも脚で止め、Aは床に座ったまま両拳を握ったそうです。
初心者の言葉に隠れていた経験
チームはPK戦を制し、決勝では敗れたものの準優勝しました。表彰後、仲間から「どうして最初に言わなかったの」と囲まれると、Aは「足で扱うのは本当に初めてだったから」と笑います。
その後はフィールドの練習を続けながら、ゴールキーパーが欠けた日はゴールも守るようになりました。現在も同じチームでプレーし、新しい人が苦手そうに見えても、できない部分だけで判断しません。
競技が変わっても、積み重ねた時間は思わぬ場所で仲間を助けるからです。
【体験者:30代・女性、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、4年から野球に打ち込み、大学卒業まで十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将を務め、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)の指導者も経験し、「する」「観る」「教える」すべての視点でスポーツと向き合ってきた。その中で、勝敗の記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたリアルなエピソードを中心に取材し、執筆している。

