大雪で始発から運転見合わせのピンチ
朝練習に向かうため、いつも通り始発に間に合うように家を出た。自宅から学校までは2時間弱かかる。始発に乗らないと朝練習に間に合わないのだ。そして友人Sも僕と同様、同じ駅から始発に乗車する野球部員だった。
しかしその日は大雪。当時はまだ携帯電話もなく、色々な情報を気軽に得ることは難しかった。同時刻にSも駅に到着したが、駅に着くと人だかりができていた。どうやら大雪で電車が止まっているようだ。
勢いを増す雪、動かない電車
待ってみても、雪の勢いは増すばかり。電車が動く見込みはもうないだろうと悟った。
K高校野球部は甲子園まであと一歩のところまで毎回勝ち上がる強豪校。そのため、僕たち2人の中に「練習に行かない」という選択肢は思い浮かびもしなかった。そして当時、寮に入っていなかったのは私たちだけ。つまり、他の部員は学校近くにいるため練習に参加できるのだ。
動かない電車を見て、下した決断
「じゃあ、行くか」
そう言うと僕たちは家から駅まで乗ってきた自転車にまたがった。大雪の中自転車で学校まで向かうことにしたのである。それもいわゆる“ママチャリ”でだ。今のように簡単にマップで道を調べることもできない。ただただがむしゃらにペダルを漕いだ。
なんとか学校に到着して教室に入ると、授業中の担任にひどく驚かれた。電車が止まるほどの大雪の中、県をまたいで45kmもママチャリを漕いできたとは、にわかには信じがたいだろう。
「練習に行きたい」ただその気持ちだけだった、あの冬
その後、僕たちはその日の練習に無事参加できた。そして練習後、当たり前のようにママチャリを漕いで自宅まで戻ったのである。
それから時は過ぎ、電車がストライキで止まったときにも同じように自転車で学校に向かった。今思えば、公共交通機関がストップしているのにそこまでして練習に行こうとする必要があったのかと思うこともある。
しかし、あの時の僕たちは誰かに強要されたわけでもなく、自分たちが練習に行きたかったからその選択をした。ただただ、純粋に真っ直ぐな気持ちで野球に身を捧げていたのだろうと思う。
無謀だったかもしれないが、窮地に追い込まれても諦めるという考えが思い浮かばないほどの強靭なメンタルと体力は、間違いなくこの野球部時代に培われたものだ。この経験もよき青春の1ページとして心に刻まれている。
【体験者:50代・男性、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:村木 あすみ
学生時代からスポーツ・部活動に打ち込んできた30代2児の母。また、公立中学校教員として勤務した経歴もあり、部活動にも携わってきた。自身のスポーツ経験や観戦、そして教育現場で見聞きしてきたリアルなエピソードをコラムとして執筆している。

