プールへ入れない記録係
これは、私の中学時代の友人から聞いた話です。
友人は中学2年の冬に足を痛め、競泳の練習から外れました。春の大会にも間に合わないと分かり、一度は退部を考えます。
それでも顧問から頼まれ、朝練の記録係になりました。ストップウォッチを持ち、12人のラップタイムを防水ノートへ書く役目です。
水音を聞くと自分だけ取り残されたように感じる朝もあったそうです。ノートが濡れないよう透明な袋へ入れ、笛が鳴る前に準備します。
後輩から「泳げないのに毎朝来るのですか?」と聞かれた日も、友人は笑ってスタート台の横へ立ちました。
数字の隣に残した一言
友人は時間だけでなく、選手ごとの変化も小さく書き添えました。「後半も肘が下がらなかった」「最後の5メートルで呼吸を我慢できた」。
タイムが落ちた日は、前日の練習量やターンの回数も記します。大会前になると、部員は自分のページを見に来るようになりました。
数字が悪くても、何か一つ前進した点が残っているからです。友人自身は松葉づえが外れても以前のパフォーマンスには戻らず、補欠のまま最後の大会を迎えました。
スタンドから届いた12回の合図
決勝当日、友人は観客席でいつものノートを開きました。最初の選手がスタート台へ立つと、プールを見ずに客席へ手を上げます。
次の選手も、その次の選手も同じでした。出場した12人全員が、友人のいる方向へ一度ずつ拳を向けてから構えたのです。
最後のリレーでは学校記録を更新しました。泳ぎ終えた主将は息を切らしながら、「13人で出した記録だから」と友人の肩をたたきました。
卒業式で戻ってきた記録
卒業式の日、友人は部員から12枚の紙を渡されました。それぞれに、友人が記録係として助けてくれた場面と、友人自身の長所が一つずつ書かれています。
「痛い日も休まず来た」「悪い数字の中から良い変化を見つけた」。友人は初めて、自分も毎朝記録されていたのだと知りました。
現在はスポーツ施設で働き、初心者の小さな変化を言葉にして伝えています。速さを測れない日にも、前へ進んだ跡は残せると、12枚の紙が教えてくれたからです。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


