何度も追い出された職員室のドア
これは、高校時代にラグビー部に所属していたAさんに聞いた話です。
Aさんの担任は、ラグビー部の監督でもありました。その恩師が徹底していたのが、職員室の入り方と挨拶の作法です。
ドアをノックし、お辞儀をして、科・学年・名前・用件を順に伝える。このうち一つでも欠けると、「やり直し!」の声とともにドアの外へ追い出されます。
Aさんは廊下に戻り、ノックからもう一度始めました。それでも抜けがあれば、また外へ出されます。用件を伝え終えるまでに、同じドアを何度もくぐり直しました。
当時のAさんには、理不尽な指導にしか見えませんでした。
「体力だけ」と言われ続けた転職1年目
卒業後、Aさんは社会人になります。
転職して1年目の会社で、上司はラグビー経験者のAさんにこう言いました。
「体力だけあっても使い物にならない」
会社の状況が不利になるたびに、上司の矛先はAさんに向きました。それでもAさんは、取引先の前での振る舞いを変えませんでした。
顔を合わせればまず挨拶をし、作業があればフットワーク軽く体を動かします。お客様への対応でも礼儀を欠かさず、受け答えはハキハキと返しました。
意識して作った態度ではありません。高校時代に職員室のドアの前で繰り返した動作が、そのまま出ていたものです。
取引先はそんなAさんを「若いのにちゃんとしている」と評価してくれていました。
契約打ち切りの場で告げられた一言
やがて、その取引先との契約が打ち切りになります。
その場で、取引先の担当者はAさんにこう告げました。
「A君だったらよかったのにね」
窓口がAさんであれば契約を続けられた、という意味です。
担当者は続けて、上司についてもこう漏らしました。
「あの人、やりづらかったんだよね」
ただし、契約は会社と会社の間で決まるものです。担当者は、Aさん個人への評価だけでこのまま続けるわけにはいかないという事情も、あわせて伝えてくれました。
社内の評価と、取引先に残ったもの
上司は、この打ち切りをもAさんのせいにして事を収めました。
それでも、取引先が自分の仕事ぶりを見て評価してくれていたという事実は、Aさんの手元に残りました。
「使い物にならない」と言われ続けた1年目に、会社の外にいる人が、挨拶や受け答えを見てくれていたことになります。
Aさんは、自分がしてきたことに間違いはなかったと、改めて確信しました。
ラグビー部の監督に何度も追い出された職員室のドアの前で身についた礼儀は、取引先の印象にはっきり残り、Aさんにとっても「監督から受けた指導は意味あるものだった」と確信を持てた出来事でした。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


