記録会に向かう電車の中
高校1年生の夏。記録会に参加するために私たち陸上競技部は電車に揺られていた。私たちが乗車したときには座席もガラガラだったため、座席に座っている部員も多かった。Kさんもそのうちの1人である。
しばらくすると、徐々に車内が混雑してきた。立っている乗客も増えてきた頃、一人の高齢男性が乗車してきた。
混雑する電車に乗車してきた高齢男性、席を譲ろうと声をかけると……
私は最初から座席に座らず立っていたので、高齢男性が乗車してきたことにすぐ気がついた。この男性に席を譲ってあげたほうが良いのではないかと思い、座っている部員たちに声をかけようとした矢先、Kさんが動いた。
「どうぞ」──Kさんはすぐに席を譲ろうとして高齢男性に声をかけたのだ。しかし、高齢男性の反応は思いがけないものだった。
「俺を年寄り扱いするのか!」と激怒したのである。立っているのは大変だろうからと思って声をかけただけなのに、どうしてこんな言い方をされなければならないのか……私のすぐ隣で怒鳴られているKさんを見て、悲しさや悔しさでいっぱいになった。しかし、当時私たちは高校生。高齢男性の勢いに圧倒されて何も言い返せなかった。
私たちに歩み寄る1人の男性
意気消沈する私たち。すると、近くにいた中年男性が私たちの方へ向かって歩いてきた。何事かと思っていると、「若いのに偉いなあ。世の中いろんな大人がいるけど、あなたたちの行動は何も間違っていないからね」と声をかけてくれたのである。それも少し離れたところにいた高齢男性にも聞こえるようにわざわざ大きな声で。これまでのやり取りを見ていた乗客たちの視線は一斉に高齢男性に向いた。
あの日のヒーローを今でも忘れない
乗客から注目を浴びることになった高齢男性は、居づらくなったのかそそくさと別の車両へと移動していった。行動を否定された悲しさや、何も言い返せなかった悔しさは、その中年男性の言葉で吹き飛んでいった。
怒鳴り散らされ何も言えなかった17歳の私たちの心を救ってくれたヒーローのようだった中年男性。今でも電車に乗るとあの中年男性の言葉と笑顔、そして気まずそうに逃げていった高齢男性の顔を思い出す。
あの日、若かりし頃の私たちを救ってくれたのは、見ず知らずの大人の一言だった。困っている人がいるときに勇気を出して一歩踏み出せる、そんな大人に私もなりたい。
【体験者:30代・筆者、回答時期:2026年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


