高校時代の先輩が、計測中に一人の記録を抜かし、泳ぐ部員たちと記録の残し方を変えた話です。

一つだけ空いた記録欄

これは、私の高校時代の先輩から聞いた話です。高校の水泳部でマネージャーを務めていた先輩は、放課後の練習で部員のタイムを手元の表に書いていました。

ある日、50メートルの計測を終えた2年生の男子部員から「今日は何秒?」と聞かれ、表を開きます。ところが、その子の欄だけが空白でした。

前の組の記録を書いている間に、スタートを見逃していたのです。「僕のタイムだけないんですか」と語気を強める部員に、先輩はすぐに謝りました。

大事な計測日だっただけに、その場には気まずさが残ったそうです。

プールサイドで見えた仕事

翌日の練習前、その部員がいつもより早くプールサイドへやって来ました。先輩がスタートに合わせて時計を押し、ゴールで数字を読み、濡れない場所まで下がって表に書く姿を、黙って見ていたのです。

「昨日はごめんね」と先輩がもう一度謝ると、「これ、全部1人でやってたんだ」と返ってきました。記録表を受け取る側は、計測も記入も同時にできるものだと思っていたのです。

先輩も「手伝ってほしいと言い出せなかった」と話し、2人で顧問へ相談することになりました。

「次は私が書く」

顧問はその日の計測から、泳がない組の部員に記録係を一人つけることにしました。先輩が時計を持ち、係がレーン番号と数字を声に出して表に書くよう分担したのです。

最初に手を挙げたのは、前日に自分のタイムを尋ねた部員でした。「3レーン、41秒」という先輩の声を聞くと、濡れた指をタオルで拭いてから記入します。

次の組がゴールしたときには、「4レーン、もう一回言って」と、今度は部員の方から聞き直しました。数字を確かめようとするその声に、先輩は昨日の空白を責められているような気持ちが、少し軽くなったそうです。

全員で残すことにした

計測を2人で行うようになっても、聞き違いや書き漏れがゼロになったわけではありません。それでも記録を読み返す時間ができ、分からない数字はその場で確かめられるようになりました。

部員たちは、自分が泳がない組では交代で表を持ちます。先輩は卒業までマネージャーを続け、後輩には時計の使い方とともに、記録を読み上げる順番も伝えました。

今も部の仲間と会うと、あの日の空欄が話題になるそうです。一人の書き漏れをきっかけに、泳ぐ部員も記録を残す側の仕事を知ることになったのでした。

【体験者:30代・女性、回答時期:2026年9月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

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