大学サッカーの名門として知られる、筑波大学蹴球部。さまざまなタイトルを獲得するだけでなく、いまや日本のエースとして八面六臂の活躍を見せる三笘薫をはじめ、多くのプロサッカー選手を輩出してきた。筑波大学蹴球部の監督を務め、『「教える」を手放す 人とチームの自律を引き出すコーチング』を上梓した小井土正亮氏はこう言う。「勝つための絶対の法則はないが、成長し続けるための法則はある」と――。ビジネス界にも通じる“人材育成”の極意を聞いた。

史上初の2部降格で感じた「教える」「指示する」指導スタイルの限界

「この世の終わりだ」

大学サッカーの名門・筑波大学蹴球部 監督の小井土正亮氏には、今も決して忘れることのできない光景がある。

創部から118年目となる2014年、同部の歴史で初めて、関東大学サッカーリーグ2部への降格を喫した。小井土氏はこのシーズン、コーチを経て監督に就任したばかりだった。

「全責任は自分にある」。なぜチームは降格してしまったのか、なぜ自分は勝たせることができなかったのか――。幾日もその理由を考え続けた。行き着いた答えは、「教える」「指示する」指導スタイルの限界だった。

2014シーズンの最終節。引き分けでも残留が決まる一戦で終盤に失点し、選手たちはパニックになり立て直すことができなかった。日々、正解を教えられ、管理されることに慣れてしまったチームは、想定外の危機に瀕したとき、自分たちで考え、修正する力を持ち合わせていなかった。最終節の出来事はまさにその象徴といえるものだった。

小井土氏はこれまでの指導スタイルを捨てることを決意した。

その後、1年で1部復帰を果たした筑波大学蹴球部は、2016年に全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)で優勝、2017年・2023年に関東大学サッカーリーグで優勝を果たし、2025年には2冠を達成した。

どん底を味わったチームは、いかにして変貌を遂げ、日本一まで上り詰めたのか――。

「勝つための絶対の法則はないが、成長し続けるための法則はある」。

以降はその組織設計をひも解いていく。

指示待ち人間では戦えない。求められるのは「自分の責任でチャレンジする姿勢」

画像: 指示待ち人間では戦えない。求められるのは「自分の責任でチャレンジする姿勢」

自律的・主体的に成長し続ける――。

それが、小井土氏が目指すチーム・組織の姿だ。

では、どういう組織が「自律的・主体的に成長し続ける」ことができるのか? 小井土氏が挙げたのは、「自分の意思・責任で実行する」ことだ。

「まさに三笘(薫)選手がそうでしたが、誰かの指示で動かされるのではなく、自分が得たいものを自分で考え自分でつかみ取りにいく。それが当たり前だよねという文化・風土が醸成されていることが、選手が成長し続けることにつながっていくと考えています」

指導者は選手に成長してほしいという思いが強いと、「こうしなさい」「ああしなさい」と具体的な内容を指示するなど、つい自身の考える“正解”を教えがちだ。だがサッカーという競技は刻々と状況が変化しており、“正解”も一定ではない。指示待ち人間ではピッチの上で戦えない。試合中は誰からも“正解”を教えられないからこそ、自分の責任の下でチャレンジすることが求められる。

「だからこそ同時に、失敗をたたえる風土も大事になります。チャレンジをすれば、絶対に失敗もある。失敗を批判的に捉えてネガティブに評価していては、誰も自分の意思・責任で行動しなくなってしまいます。たとえ失敗してもチャレンジしたことに対するリスペクトを持つというマインドで部員同士が接することができるかというのは大きなポイントだと感じています」

部員の決定に監督も従う。徹底する「意思決定権の委譲」

では、どうすれば「自分の意思・責任で実行する」組織をつくることができるのか?

部員の主体性を引き出す上で小井土氏が重視しているのが、全員が「組織を自分ごと」にすることだ。その施策の一つとして徹底しているのが、「部員への意思決定権の委譲」だ。

例えば、部費については「会計局」の担当部員を中心に予算を編成し、部員全員の承認の下で執行される仕組みとしている。もちろん教員もチェック機能として働くものの、その使途については基本的に口を出すことはない。

また規律違反を犯した者に対する処分も部員主導で決められる。たとえそれがトップチームの主力選手だとしても、必要であれば部員らが自分たちの責任の下で部停(部活動への参加停止)処分を下す。最終決定として、監督である小井土氏も従う。

いずれも自分たちでより良い組織運営をしていく当事者意識がなければ成り立たない運営方法だといえる。

だがビジネスの世界でも、上司から“忌憚のない意見”を求められたメンバーが忖度して、組織にとっての“正解”ではなく上司の求める“正解”を探すという本末転倒な状況はよく見られる光景だろう。小井土氏は「部員らが決めた内容そのものではなく、そこまでの議論のプロセスに意見することを意識している」と話す。

筑波大学蹴球部ではあえて、明文化されたルールを設けていない。組織はそこに属するメンバーの規範意識によって運営されていくべきだという考えに基づいているためだ。「DO」(何をするか)ではなく「BE」(どうあるべきか)を重視していることが分かる。

「年度初めに部員らが自分たちで『今シーズン大事にすること』を決めています。そういった自分たちで決めたことに沿って議論できていたか。部として大切にして全員で共有している理念や哲学を前提に考えられていたか。そういう観点から意見することはありますが、その上で意思決定したことは最大限尊重するようにしています」

その具体的な事例の一つに、企業とのパートナーシップ契約がある。現在筑波大学蹴球部では20社を超える企業とパートナーシップ契約を結んでいるが、これらの営業活動は全て部員らが自主的に運営する「スポンサー局」が中心になって行っている。実は当初、小井土氏は企業とのパートナーシップ契約に積極的ではなかったという。ではなぜその考えをひるがえしたのか。

学生らが部活動を続けるには、部費のほか、遠征費や用具など、決して少なくないお金がかかるのが実情だ。中には経済的な事情で活動を継続することが困難な学生もいる。たとえお金がなくても大学までサッカーを一生懸命にやれる環境を創りたい、筑波大学蹴球部をそのようなモデルケースとして企業と連携したい――。部員らの言葉に小井土氏は感銘を受けた。

「私たちが掲げている理念の一つに、『大学サッカーを牽引する』というものがあります。自分たちで道を切り拓こうという意思表示は、まさに理念に沿ったものだと感じました。私たち世代の価値観もあると思いますが学生のスポーツにお金を出してくれというのはどこか気が引ける思いもありましたし、OBの方々からどんなことを言われるだろうという心配もありましたが、そこは自分がリーダーとして腹をくくらなきゃいけないなと。実際のところ、彼らから多くのことを学ばせてもらっていますね」

「うわべだけ取り繕っても今の若者には通用しない」。リーダーのあるべき姿

画像: 「うわべだけ取り繕っても今の若者には通用しない」。リーダーのあるべき姿

小井土氏はリーダーとしてあるべき姿に、「自律的であること」を挙げる。

「私たち世代は先生や指導者に対する無条件の敬意のようなものがありました。でも今は私が授業をやっている(※)最中にも、学生はスマホで調べて私の話が合っているか確認したりもしているわけで、権威なんてあったものではない。だからこそ、絶対にぶれない軸や信念を持つことが大事だと感じます」 
※小井土氏は筑波大学体育専門学群で教員を務めている。

小井土氏は指導者として活動を始めたころから、トレーニングに出る前に必ず鏡の前で身だしなみをチェックし、シャツインしてからピッチに出るようにしているという。

「部員らはみんなここで勝負していますし、私も指導者としてここで勝負している。常に見られているという緊張感を持って、身だしなみやシャツインすることも自分なりの矜持としています」

これは一つの例にすぎないが、指導者が自らを律する姿を見せるからこそ、組織において絶対に譲ることのできない基準を求め、その基準に照らし合わせてどう評価しているかを率直に伝えることができる。

「『こんなことを言ったら嫌われるかな』と変におもねって伝えるべきことを伝えなければ、『この人はなんかうまくやりたいだけ』『とにかくこの場が壊れなきゃいいんだな』とすぐに感じ取る。今の若者は勘が鋭いので、うわべだけ取り繕っていても通用しません。だからこそ組織の基準を示すときには絶対にぶれてはいけないし、常日頃から自分を律することを心掛けています」

近年はビジネスの世界では、パワハラを恐れるあまり、上司が部下に注意したり叱ったりすることができないという話をよく聞くようになった。小井土監督は組織の基準を示すために厳しく指摘することがあるというが、どんな点を意識しているのだろうか。

普段はできるだけ良いところを見つけて褒めることを前提としつつ、叱る場合には言い方やタイミング、場所を考慮すること。さらに加えて、「ある一つの事象だけで判断しないこと」を挙げる。

「一つ気になることがあったら、まずはいったん飲み込んで、引き続き様子を見続ける。『ずっと見ていた』と伝えられるかどうかは大事だと思います」

人間なのでミスはある。その一度のミスは、不注意や判断の誤りで起きたのか。それとも、その背景にもっと大きな問題が潜んでいるのか。一つ一つのミスを指摘してその時は「できるようになった」としても、背後にある本質的な問題から目を背けていては、次から次へとミスは起こり続けてしまうに違いない。

小井土氏はここでも「DO」(何をするか)ではなく「BE」(どうあるべきか)を重視している。

「表面に出てきて見えるのは“行動”なので、そういった意味では『DO』で評価せざるを得ません。でも“存在”があって“行動”があるわけなので、いつかその行動の背景にある思考や心理に働き掛けなければいけない。『DO』を見ながら、『BE』を見る。“行動”だけで判断しないように気を付けています」

ビジネス界における「部下の叱り方」に関する研修や書籍等では、「叱るときは事実=行動を叱る」「人間性や人格を持ち出してはならない」というのが一般的だ。もちろん小井土氏にとっても人間性・人格を否定することは本質ではない。だが、「DO」と「BE」の扱いは対照的だといっていいだろう。

「私は教育者なので、一般的な企業の方とは出発点が違うという前提はあると思いますが、私は逆だと思います。例えば遅刻したときに『なんで遅刻するんだ!』とその場で叱られるほうがむしろ楽でしょう。その背後には、もしかしたら劣等感があるかもしれないし、組織に対する不満があるのかもしれない。心をえぐることになるかもしれませんが、行動の背景にある人間性や人格に触れていかないと、本質的な解決にはつながらないのではと考えています」

1年時に十分な出場時間を得られなかった三笘。成長した最大の要因は?

小井土氏は監督として数多くの学生の成長を見届けてきた。中でも大きく飛躍したのが、現在、世界最高峰のイングランド・プレミアリーグでプレーする三笘薫だ。

「彼は当時から淡々としていて、厳しく指導しても『はいはい』という返事で、分かっているのかな、どうなのだろう、と思っていました。でも自主練を見ると、言われたことに取り組んでいるんですよね。多分、負けず嫌いで『くそっ』と思いながら、一方で言われたことにすぐ従っているのも格好悪いとも感じている。でも、自分で考え、しっかりと取り組む。内に秘めたる思いを沸々とさせていて、その熱量が高い。『もうこのぐらいでいいかな』とか『別に負けてもいいや』とか、そういうものはまったくなくて、もっと成長したい、もっとうまくなりたいと、4年間ギラギラし続けていたというのが一番の印象ですね」

三笘のドリブルを見れば、もともとの才能が素晴らしかったと考える人もいるだろう。だが実は、1年生のうちは全体の7分の1から8分の1くらいの出場時間しか得られていなかったという。

小井土氏は、三笘の最大の長所は「圧倒的な自律(=セルフマネジメント)」だと話す。現状を分析し、未来を定義し、そのギャップを埋めるための行動を自分で決める力。この思考プロセスを誰に言われるでもなく、高いレベルで実践していたのだという。

これはまさに、加速度的に変化を続ける現代社会において求められる能力と一致している。AIをはじめとしたテクノロジーの急速な進化、戦争による社会情勢の悪化、地球規模の環境の変化や社会構造の変容など、世界の常識は一瞬にして移り変わる。そんな時代においては、誰も“正解”を知らない。困難や課題に直面したとき、確実な“正解”がないことを前提に、主体的に未来を創造していくことが必要になる。

だからこそ、スポーツはその価値をさらに高めていくのではないかと小井土氏は口にする。

「例えば学生が提出するレポートを見ていても、AIを使って書いたと分かるものをよく見ます。自分に情報をインプットし、思考プロセスの中で反芻してアウトプットしたものではなく、頭の中をまったく通過せずに出てきたものだなと。でもスポーツというものは、試行錯誤を繰り返したり、仲間と協力し合ったりすることで成長するわけです。スポーツにしか生み出せないエネルギーや、希薄になりつつある人とのつながりを創出することにもつながる。ボタン一つでアウトプットが出てくるような時代だからこそ、その過程にある努力だったり、時に成功したり挫折したりする経験の価値は何倍にも高まっていくと思います。スポーツの価値や役割が変容していく中で、指導者も学び続け、変わり続け、成長し続けていくことが本当に大事だと感じています」

小井土氏が上梓した『「教える」を手放す 人とチームの自律を引き出すコーチング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)では、筑波大学蹴球部で実践した人材育成とチームづくりの極意がさまざまな観点から記されている。特に、本稿では触れなかった“メンバーを本気にさせるコーチング技術”は、若手社員の育成を担うビジネスパーソンも必見だ。

画像: 1年時に十分な出場時間を得られなかった三笘。成長した最大の要因は?

<PROFILE>
小井土正亮(こいど・まさあき)

1978年生まれ、岐阜県出身。筑波大学体育系准教授。筑波大学蹴球部監督。
筑波大学在学中の3年・4年時に全日本大学サッカー選手権大会で準優勝を経験。筑波大学大学院に通いながら、水戸ホーリーホックに入団。1年間プロ選手生活を送った後、現役引退。2002年に筑波大学蹴球部ヘッドコーチに就任。大学院修了後、柏レイソルのテクニカルスタッフ、清水エスパルスやガンバ大阪のアシスタントコーチなどを経て、2014年に筑波大学体育系着任。同年、蹴球部ヘッドコーチに、シーズン途中から監督に就任した。
サッカー日本代表の三笘薫選手をはじめ、多くのプロ選手、指導者を輩出。2025年には関東大学サッカーリーグ優勝、全日本大学サッカー選手権大会優勝と45年ぶりの二冠に導く。

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