JRA騎手として15年のキャリアを持つ和田翼氏。「若手のホープ」な境遇から、落馬事故などがきっかけで31歳の若さで鞭を置いた。

叔父に『世紀末覇王』テイエムオペラオーの主戦・和田竜二現調教師がいる競馬一家で生まれた同氏は、幼少から馬とともある生活を送ってきた。

最終学歴「中卒」

一般的に中央競馬の騎手になるには、日本中央競馬会競馬学校に入学し、3年間の騎手過程を修了しなければならない。入学には合格率20〜30倍の狭き門であり、さらに2026年の卒業生は0人と、まさに選ばれし者がなれる「職業」だ。

競馬学校入学時の4月1日時点で、「15歳以上20歳未満」にしか入学資格がなく、前項でも記した体重の問題もあって、多くは中学校を卒業した時点での入学となるが、競馬学校は「教育訓練施設」であって、高等学校や大学といった「学校」ではない。

つまり大半の騎手は“中卒”なのだ。課程は学科も存在するが、数学や国語の授業があるわけではない。

体重だが、翼氏によると入学時の2次試験にて、ある「検査」を受けるという。

「病院で骨の検査を受けて、そこで大体の身長が分かるんですよ。僕はその時に言われたのが『160』ぐらい。行くか行かへんかって言われて、今ちょうど160です」

騎手のお金事情

競馬ないし騎手というと、多くの人が週末に行われるレースを想起するだろう。G1などの重賞になれば、Xではトレンドに浮上し注目度も桁違い。近年はゲーム「ウマ娘」のヒットで、“ブースト”も得られるようになった。

一方で平日の過ごし方は知られていない。さらに言えば、土日に関しても、注目が集まるのはメインレース。中央競馬では1日最大12ものレースが開催され、第1レースは午前9時台に実施される。

翼氏によると、レースで出走する際は、原則手取り約2万5千円が騎乗手当として支給されるという。仮に全12レースに騎乗するとしたら約30万円。さらに、レースで優勝ないし入賞した場合は、賞金の一部が支払われる。

レース中、斜行などの反則を犯した場合は、罰金が科される。昨今では日本の罰金が低いなどと話題になることもあるが、もし仮に賞金圏内である掲示板(5着以内)、もしくは出走奨励金対象(6~9着、重賞競走および重賞競走以外の平地オープン競走は10着まで)に入れない状況で、手当を超える過怠金が科されると“赤字”となる。

交通費も自腹だ。現在の中央競馬では、札幌競馬場、函館競馬場(以上北海道)、福島競馬場(福島県)、新潟競馬場(新潟県)、東京競馬場(東京都)、中山競馬場(千葉県)、中京競馬場(愛知県)、京都競馬場(京都府)、阪神競馬場(兵庫県)、小倉競馬場(福岡県北九州市)の10場で開催される。

また騎手の所属は、栗東(滋賀県)か美浦(茨城県)の2か所。栗東で生まれ育った翼氏は必然的に前者で、京都・阪神・中京以外の7場での開催だと、負担が大きいことになる。実際これは他の騎手にあてはまることであり、史上最多4600勝以上を記録する武豊騎手(栗東)は京都と阪神、1歳上で3000勝以上を記録している横山典弘騎手(美浦)は、東京と中山が多くを占めている。“地の利”は存在するのだ。

もっとも、上記2騎手のようなレベルならば、そもそもの乗鞍数は確保でき、大レースへの騎乗依頼も定期的に発生。先の宝塚記念でメイショウタバルで勝利したように、時に勝ち負けにもなる。しかし翼氏クラスだとそうはいかない。まず騎乗機会があるだけで“偉業”なのだ。

競馬では時折「地方交流」といって、NAR(地方競馬全国協会)主催レースが開かれる。関西でも園田競馬場(兵庫県尼崎市)が有名だが、中央以上に地方に多く存在する。

翼氏も幾度か参戦経験があるとのことだが、船橋競馬場で開催されるレースに出走した際は、午前中に栗東で調教を終えてから、新幹線に飛び乗って船橋まで向かったという。もちろんその際の交通費も自腹だ。さらにいえば、騎乗手当は中央競馬よりも安い。

1日のルーティーン

日曜午後に大きな盛り上がりを見せる中央競馬だが、調教を行う平日は、早い時間帯に行われる。翼氏によると、一番多いのが「5時乗り」と「7時乗り」。いずれも午前だ。

「『7時に馬場(が開場)』『5時に馬場(が開場)』って意味なんで、それまでの準備をしないといけないわけです。夏は暑さ対策で5時。なので出勤だと3時ですね」

一方、早い時間帯から始まるので、午前中には調教は終わるという。午後からはトレーニングをしたり、各厩舎を回ってコミュニケーションをとったりして過ごす。翼氏は厩舎とフリーとして騎手活動をしていたが、具体的にどう違うのか。

「厩舎に所属すると、当たり前ですがその厩舎中心で動きます。調教でもそこの馬メインに乗りますね。そういった“縛り”があるんですけど、『固定給』も出るんですよ。年数を重ねることに増えていきます」

具体的にどれくらいかというと、初年度で10万に満たない水準で、最終的に20万を超すという。大卒初任給でいえば、平均をやや下回る程度となる。

「でも僕らそれがメインじゃないんで。競馬がメインですからね。固定給があったら“嬉しい”のはそうですけどね。ちなみにフリーになると、調教騎乗代がいただけます。1頭あたりいくらやと思います?」

うーん、どれくらいだろうか。調教と言っても、競馬場でいえば1周1600から2000メートル程度。天皇賞秋ならレースに要する時間は約2分弱。それを何周かするわけだから、最低でも1頭あたり数十分はかかるだろう。5000円くらい?

「(1頭あたり)1000円です」

騎手の交友関係

フリーに転向しても、特定の馬主で主戦になるなどして、実質的な“所属騎手”となるケースも多い。

翼氏の場合は、メイショウドトウ、メイショウタバル、メイショウサムソンなど「メイショウ」の冠で知られる故松本好雄氏や、サイレンススズカ、スズカフェニックスなど「スズカ」の冠で知られる故永井啓弍氏、クリノガウディーなど「クリノ」の冠で知られる故栗本博晴氏、サンライズペガサスなど「サンライズ」の冠で知られる松岡隆雄氏などで、多くの騎乗経験があった。

騎手同士での交友関係では、まず競馬学校の同期(29期)でもある城戸義政騎手が仲が良かったという。他には今年のダービージョッキーである松山弘平騎手の同期で、JRA史上2組目の双子騎手である国分兄弟の兄優作騎手とは、よく食事に行く仲。

画像: 騎手仲間とも広く交流していた(本人提供)

騎手仲間とも広く交流していた(本人提供)

さらに気になるのが、叔父である和田竜二現調教師との関係。翼氏にとって身近な存在であり、目指すべき目標でもあったはずだが、“現役時代”は交流があったのだろうか。

「もう全然喋りますし、よく乗り方のことを聞いてましたよ。毎週水曜日に『競馬研究』みたいなのをやってました。これは実際に乗ったことがない方のサークルで、(調教)助手さんだったりも参加していました。レース映像分析しながら解説したり、木馬を使いながら実践を学ぶものだったですね」

画像: 和田竜二現調教師(右)翼氏にとって身近な目標であり、もっとも頼りになる「竜のおっちゃん」(本人提供)

和田竜二現調教師(右)翼氏にとって身近な目標であり、もっとも頼りになる「竜のおっちゃん」(本人提供)

主宰にあたる人物は、竜二師の同期でもある福永祐一現調教師の、騎手時代のトレーナーだったそう。当の福永師とは会えば会話を交わす程度だったというが、他にもある人物と深いかかわりがあるという。

「安田翔伍さんです。元々僕がサウナ好きで、同じ銭湯に通っているくらいの関係やったんですけど、それでだんだん喋るようになって、この前はYouTubeチャンネルにも出演いただきました」

時に“競馬村”と揶揄されることもある競馬サークルだが、見方を変えればそれだけ狭いからこそ、同業者間の繋がりは強い。翼氏と竜二師のように、親戚一同で携わっていることもあるからなおさらだ。一方で、最終学歴が中卒であることが大半な騎手では、一部を除けば収入面で厳しい世界であるのも事実としてある。翼氏が例として挙げた厩舎所属の固定給にしても、何十年も身を置けば心もとなくある。

なお、厩務員に関しては特に年齢制限はなく、東京大学出身の林徹調教師を筆頭に、筑波大学馬術部出身の前川恭子調教師、同志社大学馬術部出身の藤原英昭調教師、大阪公立大学馬術部出身の友道康夫調教師、獣医出身の大竹正博調教師、関電工でのサラリーマン経験を持つ堀宣行調教師、開成高校卒業の矢作芳人調教師など、いわゆる“高学歴者”も多く存在する。

そうすると、「セカンドキャリア」についても考えていかなければならないのだが、実は人馬ともに大きな課題を抱えているのが、現状競馬界が抱える「闇」のひとつ。そしてそれを解決すべく立ち上がったのがほかならぬ翼氏だ。

(続く)

取材・執筆:向山純平

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