サッカーW杯北中米大会で決勝トーナメント進出を決めたサッカー日本代表は、6月30日(火)未明にブラジル代表と対戦する。日本とのW杯での対戦は、ドイツ大会以来20年ぶり。その時は力の差を見せつけられ、1対4で敗れている。なぜ、ブラジルは世界屈指の強豪国なのか。かつてブラジルでプロ選手としてプレーした経験を持ち、『サッカーに詳しすぎる市議会議員』としても知られる桐木優氏に、ブラジルで過ごした日々を振り返ってもらった。
Jリーグブームの最中、ブラジルに渡る
私の左足首には人工靭帯が入っています。
1996年3月に静岡県立の韮山高等学校を卒業。世間はいまだJリーグブームの真っ只中。無名の公立高校サッカー部にいたうえ、高校時代のほとんどを中学からの怪我のリハビリに費やしたこともあって、実績のかけらもない私がこれからプロサッカー選手を目指すために残された道は、普通に考えたら大学サッカーに行くか、社会人チームに入るかの二つしかありません。
でも、20歳までにはプロデビューしたいのに、もし大学行ってしまったら、卒業するのが22歳じゃないですか。
社会人チームに入っても、Jリーグのスカウトは、きっと「花形のエリートサッカー少年が集まる高校サッカーしか見ないのでは……?」(偏見)
そう考えた私は、たまたま中学時代からブラジル留学に備えてポルトガル語のテキストを読んでいたこともあり、サッカー雑誌の片隅に載っていた仲介人に連絡をして、サッカーをしにブラジルへ行くことにしました。
日本人にブラジル人が抜かれるわけがない
やってきましたブラジルは、サンパウロ、リオ、パラナなど季節ごとに長距離を渡り歩く放浪記。なかなか日本人を選手として入れてくれるチームは少なく、ポジションや役割もこだわってなどいられません。
もともとボランチをしていましたが、ブラジルで試合中監督に「FWはできる?」って聞かれたときに、うっかり「できる!」って答えてしまったものの、途中出場でFWとしてプレーしたらたまたま2得点2アシストを記録。
そこからFWになり、チームを移籍した後もFW(ときどきサイドバック)として起用され続けました。
そんなある日、FWとして3点くらい取ったあと、右サイドでプレーしている時に事件は起こります。
いつものように相手を交わして目の前のもう一人を交わそうとした瞬間、なぜか自分の右側に地面が……。 「あれ、足がつかない。自分の足はどこだ?」
後で聞いたところによると、交わされた一人目のディフェンダーが後ろからカニばさみを仕掛けていたとのこと。そいつによると「(日本人に)抜かれるんだったら、ファウルしてでも止めた方がいい」と思ったとのこと。ファウルしてる時点で全然止められていないんですけどね。
そのまま救急で搬送され、車いすで病室に入り、医師に事情説明することに。
医師の「君は右足でボール蹴るのに、何で左足を怪我したの?」という問いかけに、「ブラジル人をドリブルで抜いたら、後ろからカニばさみを喰らった」と何度となく答えるものの、医師は「日本人にブラジル人が抜けるわけないでしょ!」の一点張り。
理解されないことへの苛立ちを感じつつも、長く一人でブラジルにいるとポルトガル語で喧嘩できるくらい流暢になりました。
「こいつにだけは敵わない」と思った選手は、やがて日韓W杯の優勝メンバーに

(C)Getty Images
チームからは「手術代を出すからチームに残ってほしい」と言われますが、「ブラジルは正座の文化がないので、足首が伸びるようにまでは治療してくれない」とジーコに聞いたことや、2つ下に化け物みたいなチームメイトがいて、「こいつにだけは敵わない」と思わされたこと。そして「怪我をしない才能」がない自分は、選手として大成することはないと限界を感じたこともあり、引退を決めて第二の人生へと舵を切りました。
ちなみに、2つ下の化け物みたいな選手は、その後に日韓ワールドカップでブラジル代表のレギュラーとして優勝した本当の化け物(フェノーメノではない)で、2002年の活躍が認められてマンチェスター・ユナイテッドに移籍するMFのジョゼ・クレベルソン・ペレイラ選手(クレベルソン)でした。なので、今思えば「彼と比べて引退を決める必要はなかった」のかもしれません。
日本に帰国し、市議会議員として活動する今も、当時の手術の傷痕がうずいたり、力が入らなくなることがあります。それはきっと、まだサッカーを知らない日本人がブラジルサッカー文化に片足を踏み入れた証なのでしょう。

桐木優
〈桐木優・プロフィール〉
1977年静岡県生まれ。韮山高校を卒業後、単身ブラジルにサッカー修行に渡り、無事にプロ契約を勝ち取るも、試合中に後ろからカニバサミを喰らって、泣く泣く引退に追い込まれる。
日本でのサラリーマン生活を経て、介護会社を起業。その後は現場の声を政治に届けるために一念発起し、2011年の多摩市議会議員選挙に初当選を果たした。
自身のホームページに何気なく掲載した「東京ヴェルディ観戦記」が注目を集め、『サッカーに詳しすぎる市議会議員』として知られるように。近年は幅広く社会保障全般に携わる『肩書きの多すぎる市議会議員』としても存在感を示している。
主な資格・職業は、多摩市議会議員の他に、ケアマネジャー、相談支援専門員、保育士、社労士、行政書士、宅建士、管理業務主任者、公認心理師、はり灸マッサージ師、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、サッカーC級コーチ、サッカー3級審判員等
執筆:桐木優
写真:Getty Images、本人提供