佐藤勇人

ふたりともJリーグ屈指の名選手になった「佐藤ツインズ」。弟の寿人がジェフ市原を離れて活躍の場を求めた一方、勇人はクラブに残ってイヴィチャ・オシム監督の下でレギュラーを奪取した。
阿部勇樹とともに生え抜きコンビを形成し、献身的なディフェンスを武器に中盤を締め、数年でJリーグ最高クラスのボランチになった。オシム氏によって日本代表にも選出され、弟の寿人とともにプレー。日本サッカーの歴史上双子の同時出場は初めての記録だった。
水野晃樹

ジェフのサイドで「オシムチルドレン」と呼べる選手は多い。村井慎二、坂本將貴、楽山孝志らのプレーも記憶に新しい(というより入れられずに残念である)が、やはりオシムの手によって急成長したといえば水野晃樹だろう。
清水商業高校から加入後、積極果敢なドリブルを武器に1年目から出場。若くしてレギュラーを奪取し、Jリーグでも指折りの攻撃的なウイングバックとして評価され、2007年にはセルティックへと引き抜かれている。残念ながら海外では成功できなかったが、J時代のインパクトは凄まじかった。
山岸智

水野晃樹と両サイドを組んだ山岸智も、オシムから高い評価を得たことによって飛躍を遂げた選手だ。右足も左足も使え、右サイドも左サイドもこなし、中央のポジションもでき、攻守にわたってプレーする。
まさに「ポリバレント」の権化のような存在であり、オシム監督によって日本代表にも選出された。2007年を最後にジェフを退団してからも川﨑、広島、大分で長くプレーし、現役の最後は千葉に戻ってVONDS市原に所属していた。
林丈統

マリオ・ハースやチェ・ヨンス、サンドロ、巻誠一郎などのストライカーが所属していたオシム時代のジェフであるが、その中でも林丈統の存在感は独特であった。スーパーサブとして高い信頼を受け、短い時間での仕事を任された。
オシム監督が「彼は日本で最も才能ある点取り屋」と評価したことは有名で、快速を生かしたキレのある抜け出しと得点感覚はまさに他の選手にはないものだった。
