サッカーを始めて以来DF一本という選手にとって、MFから先の世界はまさに「未知との遭遇」だ。なにせ自分の背後にも敵がいるのである。敵を背後に置かないことを至上命題にしてきたDFにとって、それは今までの経験が一切通用しない場所。何をしていいかわからず右往左往してしまう。俺はどこでもできる、という選手には尊敬を禁じえない。

イヴィツァ・オシム元日本代表監督の影響ですっかりおなじみになった「ポリバレント」という用語。もともとは「多価の」という医学・物理学用語だが、サッカーでは「異なるポジション、役割をこなせる選手」という意味でつかわれている。ユーティリティ、ヴァーサタイル、マルチロールと似たような言葉はいくつもあるが、近年はあまりに定着しすぎたせいか、複数のポジションを経験していれば誰でも「ポリバレント」と呼ばれるようになってしまった。ここでは本当の意味で「ポリバレントな」選手たちをピックアップする。

現役ではないが、やはり欠かせないのはフィリップ・コクーだろう。オランダ人らしい正確なパスと戦術理解力を活かし、ほとんど全てのポジションで異なった役割を果たすという常人には真似のできない離れ業をやってのけた。左サイドハーフが本職ながら、フォワード、ウィング、センターハーフ、アンカー、サイドバック、センターバックとGK以外の全てをこなした姿は、現在でもポリバレントな選手の代名詞になっている。

コクーほどではないものの、ルーマニアのクリスティアン・キヴとティベリウ・ギオアネも彼に迫る多彩な才能を持っている。キヴはDFとしては破格のテクニックを持ち、最終ラインからゲームを動かせる鬼才。所属のインテルではサイドバック、アンカー、左センターハーフでもプレーし、ジョゼ・モウリーニョ監督の信頼を得ている。監督との確執や病気でチャンスを逃し続け、国内で「孤独な帝王」と呼ばれたギオアネは、トップ下でゲームを作ったかと思えばリベロとして最終ラインを引き締め、右サイドを任されれば惜しみないフリーランを見せる。サラゴサのハビエル・アリスメンディは189cmと大柄ながら、スピードとドリブルに長け、トップ下、ウィング、果てはサイドバックまで対応する異色のストライカーだ。

トルコ代表の最重要ピースの一人、ハミト・アルトゥントップも右ハーフ、右サイドバック、トップ下、センターハーフの各ポジションで異なった顔を見せる。同じブンデスリーガではシャルケのハイコ・ヴェスターマンが出色。守備的なポジションがすべてこなせる、という選手はいくらでもいるが、ヴェスターマンはそれに加えてセンターハーフはおろか、左ウィングまでやるようになってしまった。決してテクニックがある選手ではないが、高いポジションできっちり機能する能力には驚かされる。

イングランド・プレミアリーグではショーン・ライト=フィリップスとパウル・シャルナーが見逃せない。右ウィングしかできないと思われがちなSWP(ライト=フィリップスの愛称)だが、チェルシー時代にはトップ下でも使われ、鋭いスルーパスを通していた。またかつてはウィングバックとしてもプレーしており、3バックにも対応する柔軟性を持っている。シャルナーは無骨なセンターバックだが、所属するウィガンではトップ下、右ハーフ、アンカーでも使われている。巧みな飛び出しはとてもDFのものとは思えない。また、ウォルヴァーハンプトンのグレッグ・ハルフォードはまさしく「一家に一台」の便利屋。センターバック、右サイドバック、右ハーフ、フォワードをこなし、FKにロングスローまで装備するスイス製ナイフのような選手だ。

そして、忘れてはならないのがジョン・オシェイ。DFラインに怪我人が出ればポジションを問わずこなし、守備固めの時にはアンカーに、パワープレイならFWに。2006-2007シーズンにシュート枠内率100%、ゴール率80%を記録した得点力は伊達ではない。

ポリバレントな選手の最大の魅力はチーム戦術の幅を広げてくれることにある。昨シーズンのバルセロナもリオネル・メッシ、ティエリ・アンリ、シャビのようなスペシャリストの脇をヤヤ・トゥーレ、セイドゥ・ケイタ、エイドゥル・グジョンセンといった柔軟な選手が固めていた。ポリバレントな選手がもたらす戦術的可能性やプレースタイルの幅に注目してみることで、新たな発見があるに違いない。

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