Qoly読者の皆さん、こんにちは。すっかり日が開いてしまい、本当にすいません。欧州サッカーでは少し古いネタを当たっているのですが、完成にはもう少し時間がかかってしまいそうです。
さて、気付けばもう3月、いよいよJリーグが開幕しました。今年はJ2の昇格プレーオフが後ろにずれ、J1とJ2がどちらも12月までの長いシーズンを戦う事になります。
そして今年は横浜フリューゲルスを含めて42番目の参加クラブが登場しました。そのフリューゲルスの特別活動地域だった長崎県がホームタウンのV・ファーレン長崎が、1シーズン限りでJFLに戻ったFC町田ゼルビアに代わってJ2の舞台に挑みます。しかし、当然そこには厳しい戦いが待っているでしょう。
個々の戦力分析は評論家やサポーターの皆さんにお任せするとして、第6回になる私のコラムでは、この長崎がどういうチームなのか、そしてどの様なスタンスでJ2最初の1年を戦うつもりなのかを、数字から見ていきます。もちろん分析には比較が必要ですので、町田に加えて、昨年は同時参入だった松本山雅FC、さらに2011年のガイナーレ鳥取や2010年のギラヴァンツ北九州など、この3年間でJ2に参入した5クラブの「Jリーグ初年度」、それも開幕直前に絞って横並びにしながら、長崎の特長を探そうと思います。また、他の4クラブについても改めて考える機会にします。
なお、今までの私のコラムは序文と最後の段落だけは敬体に、本文は常体にしていたのですが、これからは全部敬体にそろえます。どうかご了承下さい。また、署名には私の本名と一緒に、ニフティのサッカーフォーラム時代から使っているハンドルネーム、「駒場野」も付けさせていただきます。
☆「地元色」の薄いチーム編成
では、改めて5クラブの特徴を見ていきましょう。まず<表1>は、この5クラブが開幕時にどのような選手層で臨んだかという事です。
情報源としては、Jリーグの公式サイトにある各選手の通算出場記録、日本語版Wikipediaの各選手ページなどを照合しました。特に選手の出生地については、Jリーグの公式サイトでは県名しか乗りませんので、Wikipediaをベースにしています。これはこの後の表でも同じです。また、各クラブのJ2初年度の成績も、前年度のJFLでの成績と一緒に並べました。ただし、長崎のJ2初年度の成績はもちろんまだ分からないので、空白にしてあります。
<表1>各クラブJ2初年度開幕時のチーム選手数、及びその内訳、前年度JFLと初年度J2の成績
北九州と町田は24人という少数精鋭(ただし町田は3月中に2人が追加入団)、松本や鳥取は30人を超える選手数で開幕戦を迎えた中、長崎の登録選手数は28人と平均的な数字です。これは後で見るチーム予算との関連も強いでしょうが、まずは標準的と言えるでしょう。ところが新加入選手数では、9人の長崎は10人の松本に次いで多く、このオフには積極的に動いた事が分かります。JFL優勝でのJ2参入は2年前の鳥取と同じですが、鳥取の新入団選手は7人でした。
そして、このチーム編成は「地元色の薄さ」という結果も招きました。「ホームタウン出生者数」は各クラブが昇格時にホームタウンとしていた市町村を出生地としている選手、「地元都県出生者数/高校卒業者数」はそれ以外の市町村も含めたクラブ所在地が出生地、あるいはその都県内の高校を卒業した選手の数です。例えば、北九州の長野聡は福岡県みやこ町出身で福岡市の福岡第一高校を卒業していますが、どちらも北九州のホームタウンではないので、「ホームタウン出生者」ではないが「地元都県出生者/高校卒業者」となります。
これで計算すると、長崎は県内全市町村をホームタウンとしていても、該当者が諫早市出身で国見高校卒の松橋章太しかいません。言うまでもなく国見高校は高校サッカーの名門校で、松橋の同級生として高校サッカー三冠を達成した元日本代表の大久保嘉人が川崎に、FC東京には徳永悠平・平山相太(出生地は北九州市)・中村北斗などがいますし、彼らを率いて全国制覇を経験した小嶺忠敏はV・ファーレン長崎の発足に県サッカー協会会長や当時の運営クラブ運営法人だったNPO「V・ファーレン長崎スポーツコミュニティ」理事長として深く関わっていますが、少なくとも今年度の選手の顔ぶれでは彼らの存在感は薄くなっています。
逆に、だからこそ長崎は国見高校OBの高木琢也を監督に就任させる必要があったのかもしれません。前監督の佐野達(現・サウルコス福井(北信越リーグ1部)GM兼監督)は計画通り3シーズン目でJFL優勝を達成してJ2参入を決めましたが、「クラブの役員とはすでに来季の構想・予算の話をしていて、「来季もやってもらう」と言われていました」という段階からの「解任」(正確には契約延長の見送り)となった理由として、佐野は今年2月19日付のインタビューの中で「「長崎県出身の監督にしたい」と言われました」とはっきり明言し、その記事内でも「監督も含め、もっと県民に親しまれ、愛されるチームを作るため」という理由を出しています。Jリーグでの高木新監督の実績は佐野前監督よりも上回りますし、それについての意見はいろいろとあるでしょうが、「地元に根付いたクラブ」がアピールできる選手がいない分を地元出身のスター監督で埋めようというフロントやスポンサーの希望があるとすれば、この交代劇の動機には十分でしょう。
◎参考リンク
「サッカーなう」2013年2月19日付
「【インタビュー】JFL最優秀監督が語る「J2昇格・解任理由・そしてこれから」」
この逆だったのが去年の町田でした。長崎県(140万7千人)の約3割、人口42万8千人の町田市のみがホームタウンですが、Jリーグへの挑戦には4人の市内出身選手が参加しました。特に酒井良と津田和樹はジュニアユースで町田JFCに所属していた「生え抜き」のような存在で、このクラブの成り立ちを色濃く反映していました。ただ、他のクラブはホームタウン出身者は決して多くありませんし、現に町田と同期昇格の松本には1人しかいませんでした。その点では、長崎も他クラブの傾向を見て、選手セレクションでは県出身者にこだわらないという決定を下したのかもしれません。
☆J2ベテラン組の補強とJFLでの豊富な試合数
次に、各クラブ所属選手がこれまでどのリーグのクラブに在籍し、どれだけ出場して得点したか、その経験を比較したのが<表2>になります。これはJ1・J2・JFLのみを対象としたので、外国のリーグ、天皇杯やナビスコ杯、旧JFLや大学リーグ等での出場経験は含みません。また、選手によってはJ1やJ2に所属するクラブに在籍しながら、リーグ戦での出場がなかった場合がありますが(長崎ではJ1で2人、J2で1人)、このような「出場試合0」の場合もそれぞれ「J1/J2経験者」に含めました。なお、北九州については一部の選手で不明な点があるのですが、ソースとして利用したWikipediaやJリーグ公式サイトの情報を尊重して、そのままで集計しました。
<表2>各クラブのJ2初年度開幕時在籍選手の各リーグ経験者数、及び全選手合計の各リーグ出場数・得点数
長崎の登録選手28人中、J1経験者は12人。これは半数以上(30人中17人)がそうだった鳥取より少ないですが、松本や町田とほぼ同率で、特に顕著な傾向はありません。しかし、J2経験者の比率は28人中21人の75.0%で、他の4クラブよりも多くなっています。こうなった理由の一つは、<表3>でまとめた、新加入選手に絞った時の在籍・出場・得点集計でも分かります。
<表3>各クラブのJ2初年度開幕時新加入選手の各リーグ経験者数、及び新加入選手合計の各リーグ出場試合数・得点数
長崎が獲得した9人の選手のうち、7人はかつてJ2リーグのクラブにいました。そしてその出場試合数は合計で553試合となり、10人中4人がJ2でもプレーしていた松本の372試合、6人全員がJ2経験のあった北九州の356試合を上回ります。具体的には、岐阜から佐藤洸一(148試合)、愛媛から高杉亮太(135試合)、湘南から山口貴弘(115試合)を獲得しましたが、最初の二人はJ1リーグのクラブに在籍経験がありませんし、山口もJ1では2010年の湘南での20試合のみです。FC東京ではJ1出場がなかった下田光平の50試合(町田から加入)を含め、かなりJ2に特化した補強を行っています。
これは以前の4クラブのうち、強いて言えば北九州に少し近いタイプです。鳥取は服部年宏(381試合)と岡野雅行(301試合)の二人をはじめとした多くのJリーグ経験者が既にいたという事情もあってか、昇格時にはこちらに特化した補強はしませんでした。一方、松本は長崎に似ている部分もありますが、他の4チームはほとんど付けなかったJFL経験者に注目していました。特に喜山康平(JFLで48試合)はJ2の東京Vからレンタル移籍中だったカマタマーレ讃岐からの加入で、松本の主力選手の一人となりました。
そして町田は唯一、新加入選手の出場試合数でJ2よりJ1が多かったクラブです。これはJFLからチームと共に昇格した選手だけではJ1が24試合(試合出場は藤田泰成の19試合と田代真一の5試合だけ)、J2も213試合と際立って少なかったので、戸田和幸(J1で271試合/J2で24試合)・平本一樹(同163試合/26試合)・相澤貴志(同86試合/35試合)の経験に期待した結果ですが、特にその中核である戸田がアルディレス監督との深刻な対立もあってほとんど起用されず、たった2試合しか出場しなかったのは、町田にとって本当に痛手だったでしょう。<表1>の一番下のように、試合数は多いながらも7勝を挙げて勝ち点32は北九州(勝ち点15)や鳥取(同31)を上回る善戦でしたが、1年目から入替制が導入された不運だけではなく、こういう「クラブ経営のロス」も降格を招いた原因となったのかもしれません。
次に各クラブの選手の試合数と得点数について、J1とJFLでそれぞれ集計した<図1>と<図2>を<表2>を基に作りました。
<図1>各クラブの開幕時在籍選手のJ1合計試合数とJFL合計試合数の比較図
<図2>各クラブの開幕時在籍選手のJ1合計得点数とJFL合計得点数の比較図
長崎は、JFL経験者の数では松本や鳥取より少なく、比率では5クラブ中最少でJリーグにデビューしますが、<図1>を見ると他のクラブよりもJFLの経験が豊富な事が分かります。個別の選手を見ても、アルテ高崎を含めて6シーズンで168試合に出場した杉山琢也を筆頭に、JFLで100試合以上に出場した選手が6人いるのは長崎だけです(続くのが北九州の4人、選手としての最多は鳥取の実信憲明で227試合)。長崎でJ1最多の148試合(他にJ2で81試合、旧JFLで29試合)に出場したチームの顔、佐藤由紀彦も4年間で99試合に出場し、スタジアム問題などで足踏みをしながらJリーグを目指したクラブを支え続けてきました。
<図2>で挙げた得点数でも、長崎が最も上、つまりJFLで一番多いゴール数を取っています。5クラブ中で最多、58得点(154試合)の水永翔馬は宮崎のホンダロックでJFLからKyu(九州)リーグの降格とJFL復帰を経験し、高卒10シーズン目で初めてのJリーグ挑戦になりますし、それに次ぐ49得点(121試合)の有光亮太も福岡所属の2006年以来、7年ぶりのJリーグ復帰です。J1での最多得点は松橋章太と佐藤由紀彦が14点で並ぶ事を考えると、長崎の命運は、特に得点力でこれらのJFL組が握っている構図が見えます。
他のクラブでは、平本(116得点)のおかげで<表2>で右に離れる町田と共に、服部年宏(381試合19得点)と岡野雅行(301試合36得点)がいた鳥取がJ1での出場試合数で飛び抜けます。特に服部はこの2011年で35試合に出場し、多くの経験をチームに伝えました。これは2012年に移籍した岐阜(42試合)でも同じです。これに対し、DFの桑原裕義(259試合1得点)が突出していたため、特に得点数ではかなり少ない北九州、78試合7得点の大橋正博がチーム内のJ1最多出場・得点者だった松本は、2つの図の両方で左側に寄っていきます。ただし、松本には松田直樹(J1で385試合17得点、JFLで15試合1得点)がいたはずという事を考える必要がありますが。
☆予算面での苦戦は避けられず?
最後に、クラブの命運を大きく左右するデータ、クラブの予算についてのデータが<表4>です。観客数とホームタウン人口も一緒にまとめました。ただし、鳥取と北九州はJリーグの公式サイトで昇格初年度の経営情報が開示されますが、松本と町田はまだ発表されていませんし(通常では翌年7月発表)、当然ながら長崎の「J2初年度平均観客数」は未確定ですので、長崎・松本・町田の3クラブについては検索で得られたデータについてのみ記載しています。また、松本は2013年から松本市に隣接する塩尻市・安曇野市・山形村(合計人口17万2千人)へホームタウンが拡大しましたが、ここでは2012年の松本市のみで計算しています。
<表4>各クラブの初年度営業収入・営業費用及びそのうちのチーム人件費・前年度JFL平均観客数・初年度J2平均観客数・ホームタウン人口
◎Qoly内の参考ページ
2012年Jリーグ 観客動員データ ~J2
2011年Jリーグ 観客動員データ ~J2
2010年Jリーグ 観客動員データ ~J2
◎参考資料
長崎:長崎新聞2012年12月7日付「V長崎昇格記念で会員募集」宮田伴之社長のコメント
松本:予算6億5千万、収益8億5千万
出典:Yahoo!内川端康生コラム「One Soul――松本山雅、2年目のスタート」
町田:町田経済新聞2012年12月25日付「「Jの火を絶やさずに」-Jリーグ・ゼルビア・町田市が3者対談」
長崎は鳥取と同様に全県をホームタウンとする(できる)クラブで、唯一100万人を超える人口がいます。去年は県内各地の小規模なスタジアムでホームゲームを行ってきましたが、県立総合運動公園陸上競技場の改修工事が予定より早く完成し、満を持してのJ2参戦となりました。アクセスやスタンド使用に難のあった町田、スタジアムの周辺人口が少ない鳥取と比較すると、観客数の増加は多くなる事が予測されます。
しかし、長崎のフロントはかなり慎重な経営計画を立てています。地元紙の長崎新聞で宮田社長が語った「予算5億4千万円、うちチーム人件費2億円」となると、町田よりは多いですが、いずれも19位になった北九州(最下位)や鳥取(ブービー)並の費用になるでしょう。そうすると少なくとも予算面では「ボトムズ」の仲間入りです。鳴り物入りで招いた高木新監督への年俸提示がいくらかは分かりませんが、J3への編入を回避するのが当面は最大の目標になるでしょう。
この<表4>を見ると、改めて松本の人気や収入の高さが際立ちます。ホームタウン人口では最も少ないのに、JFLでも他クラブの2倍以上になる7千人台の1試合平均観客数を記録していました。そこから強気の6億5千万円という予算を組んだのでしょうが、実際にはそれも上回った8億5千万円という大きな収入を計上したようです。このバックアップは、参入組では異例の12位という躍進には不可欠だったでしょう。クラブ予算の目安が20億円と俗に言われるJ1挑戦ラインにはまだまだ届きませんが、J2初年度で既にリーグ3位の9531人に達した観客動員数もあり、今後への期待は膨らむでしょう。「奇跡の残留」でビッグスワンが沸いた新潟、Qolyでの私の第1回コラム「ヴァンフォーレ甲府・経営問題の現状」で取り上げた甲府とともに、甲信越が全国屈指のサッカーエリアになるのはそう遠く無さそうです。そして、ここまでのサポートは、今の長崎はまだ受けられていません。
しかし「クラブの予算差が、勝敗を分かつ絶対条件ではない」事を去年の鳥栖が証明したのを、長崎は隣からじっと見ていたはずです。鉄道で福岡や関西に向かう時、長崎県民は鳥栖駅でベストアメニティスタジアムを目にするのですから。サッカー専門誌や評論家が出した多くの予想では長崎が最下位になっていますが、J2初戦の岡山戦では後半ロスタイムまで佐藤洸一のゴールでリードし、勝ち点1を持ち帰りました。ホーム開幕の第2節は優勝候補筆頭のG大阪と対戦するなど、これからも難敵が続きますが、西からの旋風に乗った、新しい船の航海に期待したいと思います。
☆今回のクイズ
さて、今回も最後にいつも通りのクイズを。
今回取り上げたこの5クラブで、Jリーグ参加初年度に自分のユースチーム出身者としてトップチームに登録された選手は、2種登録を除いて全部で何人いるでしょう。もちろん調べれば分かりますが、まずは直感でひらめいた答えを思い浮かべてください。
前回のコラム「Bid for 2020 -五輪候補3都市のサッカー会場比較」でのクイズ、2016年大会の開催計画では入っていたのに今回は外されたサッカー会場予定地は、晴海の新五輪スタジアム(計画)と調布の東京スタジアム(味スタ)とどこ?という問題と一緒に、答えは次回のコラムで発表します。
筆者名: 駒場野/中西 正紀
プロフィール: サッカーデータベースサイト「RSSSF」の日本人メンバー。Jリーグ発足時・パソコン通信時代からのサッカーファン。FIFA.comでは日本国内開催のW杯予選で試合速報を担当中。他に歴史・鉄道・政治などで執筆を続け、「ピッチの外側」にも視野を広げる。思う事は「資料室でもサッカーは楽しめる」。
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