何故、ここまで苦しまなければならないのか。もしかしたら香川真司は自らの選択を後悔しているかもしれない。ドイツのドルトムントで才能を発揮すると、ブンデス屈指のアタッカーにまで成長。そのままイングランドの強豪クラブ、マンチェスター・ユナイテッドの門を叩いた。伝説的な指揮官サー・アレックス・ファーガソンも香川の才能を非常に高く評価しており、速攻中心となるフットボールから「ボールを持って崩す」チームへの転換を目指していく上で、小柄ながら非常に「現代的な」日本人MFを重要な鍵としていこうとしたのである。しかし、マンチェスター・ユナイテッドというチームに強く染みついたフットボールスタイルは、変化することを拒むように昨シーズンのプレミアリーグを制覇してみせたのだ。サー・アレックス・ファーガソンが伝説的な長期政権を終え、デイビッド・モイーズが指揮官として「赤い悪魔」の重責を背負うことになったことでチームの「転換」はアレックス・ファーガソンが思い浮かべたであろうものとは別の表情を見せ始めることになる。

デイビッド・モイーズが選択したのは、サー・アレックス・ファーガソンの作り上げた伝統に「最大限の敬意」を払いつつ、自らがイングランドでの長い経験で積み上げた「イングリッシュ・フットボール」的な戦術を積み上げていくことだったもちろんデイビッド・モイーズも「ボールを持つサッカー」は構築可能だ。しかし、彼がマンチェスター・ユナイテッドというチームを見て、速攻と激しいプレッシングで勝負する方がチームのメンバーに合っていると判断したことは非常に妥当と言わざるを得ない。

さて、前置きが少し長くなってしまった。今回このコラムでは、移籍期間最終日にデイビッド・モイーズの古巣であるエヴァートンからマンチェスター・ユナイテッドに移籍したベルギー人MFマルアヌ・フェライニの加入がチームにとってどのような影響を与えるものなのか、そしてこの補強は世間一般で言われているように本当に「香川から出番を奪い取る」ものなのかという疑問について考察していきたい。

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このアフロヘアーの独特な風貌を持つ男は、実際プレイヤーとしても非常に特徴的な選手だ。194cmという頭1つ抜けた長身で空中戦は圧倒的な強さを誇り、その激しい守備によって中盤の主導権を奪う。また、非常にテクニックもあるのでボールを失うことも少ない。メインとなるのは中盤の底のポジションだが、このポジションでは「1・5流」という評価を受けていたという部分が非常に興味深い。ビッククラブが何度も彼に興味を示したものの、結局今回恩師デイビッド・モイーズが拾い上げるまではどのクラブにも獲得されなかったことは決して偶然ではない。確かに圧倒的なフィジカルを持つものの、中盤の底を任せるには守備面でのポジショニングや機動力の面で少し物足りない部分が多いことなどがビッククラブからの評価を下げる要因となったのだろう。また、ファールが多いこともボランチとしてはあまりいい印象を与えない。そういった部分もあり、彼がマンチェスター・ユナイテッドにおいて本職の守備的MFでメインとして使われる可能性自体はあまり高くないように思える。特に前からのプレッシングを仕掛けていく中で「心臓」となる中盤センターにはやはりファーガソンの時代からサッカーを知り尽くしたキャリックとクレバリーのコンビを使いたくなるところだろう。

では、デイビッド・モイーズは何故彼の獲得を熱望したのか。筆者は、エヴァートン時代に「オプション」として大きな威力を発揮した「トップ下」起用がフェライニという選手をマンチェスター・ユナイテッドというチームに大きな推進力を与えることになるのではないかと予測する。デイビッド・モイーズが指揮したエヴァートンにおいて、フェライニはトップ下として非常に特殊な働きをしていた。本来はFWが競ったボールを拾って、攻撃に繋げるようなプレーをするはずのトップ下でありながら、フェライニは前線でFWのようなポジションを取る。ロングボールが来ればその圧倒的なフィジカルを生かして競り合いながら起点となることでCFのような仕事をこなし、速攻が出来ないような場面は本来のポジションに近いようなところにまで下がって組み立てに絡んでいく。中盤の底では多少物足りない部分のある守備も、高いポジションの選手としては「トップクラスの守備貢献」をこなすということになる。つまり、彼は純粋なトップ下というより「FW+守備的MF」のようなプレーをこなしていけるのである。

ここまでを読んでみると、「おいおい、それじゃ香川のポジションは結局ないじゃないか」と皆さんが言いたい気持ちもわかる。しかし、決して筆者はそう思っていない。ではここからはフェライニがマンチェスター・ユナイテッドをどのように変える可能性があるのか、そして新しいチームが香川真司に与えてくれる新しい可能性について考えていこう。

まず、フェライニの加入で何が大きいかといえば、ロングボールをシンプルに蹴り込む形の速攻がしやすくなることである。フェライニが競ってボールを落とせば、そこにはウェイン・ルーニーやロビン・ファン・ペルシーといった圧倒的な実力を持ったエースが待っている。彼らのようなトップクラスのアタッカーにより「自由」を与えるという意味でロングボールという選択肢が増えたことは大きい。当然、セットプレーでもフェライニの破壊力はチャンスを生み出していくだろう。

そんな空中戦に強いフェライニがいれば、恐らく攻撃のシステムは変わる。ルーニーがトップ下だった時、右サイドでバレンシアが持った時に攻撃は図のような感じになっていた。本来はFWとしてプレーするウェルベックが内側に入り込むことで受け手となっていたのである。

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しかしフェライニ加入となれば、ウェルベックの仕事はトップ下のフェライニがこなすことになる。そうなると、左サイドに求められる仕事は変わってくるのも当然の流れだ。どちらかというと直線的に合わせるというよりは一瞬遅れて入ってきたり、トップ下の位置に流れてきたりといったプレーを求められることだろう。この役割であれば、恐らく香川真司はマンチェスター・ユナイテッドでもトップクラスだ。

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 実際中盤に下がって守備にも参加してくれるフェライニと、右サイドをひたすら躍動してボールを奪い取るバレンシアがいれば、そこまで守備で大きな問題が起きることは考えづらい。そうなってくれば、左サイドには「創造性」がある崩しに特化した選手が入ることがモイーズの理想になるはずだ。実際開幕してから3試合を見てみても「崩し」の局面で明らかに創造性が足りないことで「支配しても勝ち切れない」試合が続いてしまっている。エヴァートンでもテクニック溢れるピーナールがこのポジションを担ったように、本来はトップ下の選手であってもモイーズは迷わずに起用するだろう。そうなれば、ドリブル突破を得意とするポルトガル代表のナニ、経験値溢れるギグス、そして香川がこのポジションを争っていくことになる。しかし、周りと関わる能力の高さであれば「香川真司」が恐らくこの中でも特化している。フェライニとファン・ペルシーに引き付けられたDFラインの間に香川が入り込み、簡単にゴールを奪い取る。そういった想像が容易に出来るのは筆者だけだろうか?

勿論問題点も山積みだ。前線からの守備力を重視するチームにおいて、香川真司の守備は向上しているものの物足りない。サイドで使われることになればサイドバックと上手く連携していくようなプレーも求められる。左サイドに適応しつつ、自分の武器を錆びつかせないことが求められるのだ。しかし、彼が「激しいポジション争い」を経験していることはむしろ「喜ぶべきこと」だ。競争のないビッククラブなんてないし、こういった争いによってビッグクラブの若手たちは時に驚異的なスピードで成長していくのだから。最後に19世紀ドイツの哲学者、ゲオルク・ジンメルの言葉を引用して香川の成功を祈ろう。

「この世で生きる最高の術は、『妥協』することなしに『適応』することである。『妥協』するばかりで『適応』」することのない生き方ほど不幸なことはない」

 自分の武器を消すのではなく、生かし方を考えれば「ドルトムントの香川」はより強大な個人能力を持ったチームメイトと共にインパクトのある活躍で過去の自分を超え、「赤い悪魔」の一員としてチームの主軸を担えるはずだ。


 

筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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