3月9日。偶然にも本田圭佑と香川真司の2人は、イタリアと英国のビッグクラブ―ACミランとマンチェスター・ユナイテッドにおいて、それぞれに出場する機会を得た。それも、2人のトップ下にとって本職ではないサイドプレイヤーとして。

本コラムでは、彼ら2人が直面した現実を考察することで「アタッカーとして自由を与えられることの難しさ」と、求められる戦術理解力について議論を深めていきたい。

 

マンチェスター・ユナイテッドとミランに存在した「限定」の差

フース・ヒディンクは以前フランク・ランパードについて「動きすぎるという悪癖があった。指揮官は動きを限定することで、セントラルミッドフィルダーを効率的に使う必要がある」と述べたことがある。それは近年、セントラルミッドフィルダーだけにとどまる話ではない。特に攻撃陣が自由に動き回るような攻撃が理想とされる昨今は、どのように彼ら個々の動きを制限していくかは重要なトピックとなっている。

勿論個々が相互理解を深めるために経験を積めば、練度は上がっていくだろう。しかしそれでも、3人ないし4人のアタッカーを「有機的」に連動させることは現実的には「限定」なしでは不可能と言っていい。実際ACミランがウディネーゼ戦で見せたように、ロビーニョとビルサ、本田がポジションを取り合うようになってしまうのが関の山だ。セードルフは、恐らくサイドに流れるプレーを好むようになったカカに合わせての戦術としてこの形を採用していると思われるので、このシステムである程度の結果を出すことはレギュラー入りに直結してくるはずだ。

また、守備での問題解決にも「限定」は不可欠だ。デイビッド・モイーズも現実的にWBA戦では、4人の連携を「ルーニーとファン・ペルシー」と「マタとヤヌザイ」に細分化することによって質を上げていた。左サイドではマタとヤヌザイを比較的自由に絡ませ、中央ではルーニーとファン・ペルシーの組み合わせに機会を与える。しかし、そこには場所やポジションに関する「限定」があった。だからこそ不調に喘いでいた赤い悪魔が復活の兆しを見せたのであり、実際これまでと比べると連動自体も悪くは無かった。勿論多くの修正が必要ではあるものの、ベインズとピーナールの左サイドでの連携を作り上げたモイーズである。サイドでの連動を作るのは、実は得意技でもあるのだ。強いて言うのなら窮屈そうにプレーしていた中央のルーニーとファン・ペルシーが気になる所だが、今回は置いておこう。

本田と香川に与えられる「自由」

このように連携を「限定」することでバランスは保たれる。例えば日本代表で、本田と香川がある程度自由を与えられている一方で、岡崎は攻守においてチームとして決まった動きを繰り返してバランスを取っているように。しかし、ここで難しいことが現状「控え」という位置に置かれている香川と本田に対し、セードルフとモイーズという両監督がそこまで制限を加えようとする態度が見られないことだ。

アタッカーを過剰気味に抱えている彼らとしては、ある程度レギュラーをタイプとして区別することで「限定」に加えようと考えているのだろう。加入当初は本田をより攻撃的な位置で使おうと試みていたセードルフだったが、予想外にターラブトが好調なことで方針を転換した感がある。例えばミランの直近数試合では、動き回るトップ下にカカやビルサ。攻撃の起点として切り込むことを求められる左サイドにターラブトやロビーニョ。そして右サイドには守備のバランスを見る役としてポーリが置かれることが多い。そうなってくると、本田に求められていたのは「右サイドでバランスを取り、守備でボランチをサポートする」という仕事であったことは想像に難くない。

セードルフは、ウディネーゼ戦を「カカとバロテッリのサポートとして、求められる動きを理解出来る選手」を見つける場だと考えていたはずだ。そこで議論の的になるのが、本田がその仕事をこなせたのかという部分だろう。答えは残念ながら否だ。トップ下のように中に入ることで右サイドバックのデ・シリオの守備の負担を増大させ、かといって中央でビルサと絡むことも出来なかった。守備意識の高さは見せたものの、この仕事では「ポーリのように本職ボランチの選手を一列上げる」方が選択肢として妥当だろう。

一方香川はというと、本田以上にその役割が不明確だ。恐らくタイプ的にはマタと同じ部類に分類されるものの、先に交代するのは90分のプレーとなると厳しいアドナン・ヤヌザイとなる。こうなってしまうと、縦への突破力のあるヤヌザイの役割をこなせない香川は、彼のようにドリブルで時間を作って逆サイドに顔を出してくるマタと上手く絡むことも難しくなる。WBA戦では、守備の弱さを突かれてサイドバックのオーバーラップを潰すことに忙殺されてしまった。本田と同様に、中央寄りでボールを受けようとしてしまっていることで周りとの連携を取れなくなっている面もある。

セードルフ、モイーズ共に本田と香川が「トップ下」であることは承知の上だ。しかし、それでも実質トップ下の椅子は埋まっている。ここで彼らに与えられている自由は、エースとしての信頼を持って与えられる自由ではない。あくまで、システム上で居場所がないからこそ「どんなことが出来るのか、どうやって周りと絡めるのか好きにアピールしてみろ」という自由だ。では、いったい彼らは今後どのようにすれば指揮官の興味を惹きつけることが出来るのだろうか?

解決策の提言。1・5列目に求められる新たなる資質

前線で流動的なポジションチェンジを求められるようなチームで戦う場合、必要とされてきている新たな能力がある。それは、常に守備を考えたポジショニングをすることである。特に流れの中でポジションチェンジを繰り返していく中で、自分のマークとなる選手をアタッカーが放棄する場面も散見されるようになっている。勿論好機となればポジションにこだわらず一気にチャンスに絡む必要があるのだが、それはリスクと引き換えであることを把握する必要がある。

例えば本田は左サイドからセンタリングを上げられた際、常にFW的な位置でフィニッシャーとしてボールを受けようとしていた。攻撃面での貢献を考えると必要なことではあるが、同時にその動きは相手の左サイドバックに自由を与えることにもなりかねない。もし手薄になったサイドからカウンターを繰り出された場合、FWに近い位置に走り込んだ本田が追いつくことは現実問題として難しい。香川真司も同様だ。逆にサイドバックに攻撃力の優れた選手を使われると、中央でのプレーが出来なくなって個性が殺されてしまう。では、ここで必要なことは何なのだろうか。

まずは、中央に走り込む回数を減らすことである。勿論2人の強みが中央でのプレーにあることは明白だが、メリハリが無ければ相手にとって対処も難しくない。自分の武器を生かすために好機を待ってサイドとしての仕事を淡々とこなす「我慢強さ」が求められてくるだろう。例えばサイドの裏を狙うようなフリーランを見せることは、サイドバックの上がりを牽制することにも繋がる。相手との駆け引きでサイドバックを敵の自陣に押し込む、そういった意識が求められる。

2つ目は、ポジションチェンジをしっかりと確認することだ。連携しながらサイドに選手が流れてきてくれた場合は、その選手にサイドを任せて出ていくことが出来る。恐らくここが言語的な壁がある日本人アタッカーにとって、最も難しい部分なのだろう。自分が中央に出ていく際には、出来る限りそれが身勝手にならないように周りを上手く動かしていくコミュニケーション能力が必要なのだ。

現在解説者として人気を集めるガリー・ネビルは現代サッカーにおけるサイドの選手について「ウイングはサイドバックでなければならないし、サイドバックはウイングでなければならない」と述べた。解りやすい例が長友だろう。名門インテルで定位置を掴んだ韋駄天のように、サイドプレイヤーに求められているものはより多岐に渡りつつある。

本来トップ下として攻撃を牽引してきた本田や香川にとって、守備に走り回りながらサイドバックに気を使うサイドアタッカーは簡単な仕事ではない。しかし、それを理解することだけが彼らに、結果的に回数は減るとしても得意なポジションでのプレーを与えてくれる命綱であり、「流動する3アタッカー」の中で生き残る唯一の術なのだ。トップレベルのクラブで求められるものを経験の中で習得することを期待しながら、彼らの勇敢な挑戦を見守っていきたい。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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