W杯の得点王候補ネイマールに関するエピソードを、英国『Mail Online』が伝えている。
Veja o perfil e números dos convocados para a Copa do Mundo. Neymar é o artilheiro: http://t.co/pN00A7RgOn pic.twitter.com/bfQ6jNsmFq
— CBF Futebol (@CBF_Futebol) 2014, 5月 13
ご存知の通り、ネイマールはバルセロナで背番号11をつけて活躍する。2013年にサントスから完全移籍を果たしたが、次世代のスター候補の獲得をめぐっては、幾多のクラブが巨額のオファーを送ったとされている。
記事によれば、チェルシーもその一つであったそうで、チェルシー移籍についてクラブとの話し合いの場も設けられたそうだ。
ネイマールがまだ18歳だった2010年8月23日、ネイマールは父とともにサントスのクラブ事務所で会長とそのオファーについて話していたという。そんな時、サントスのルイス・アルバロ会長が突如灯りを落とし、こんなことを話し始めたという。
「(空いた座席を指差し)この椅子は、ブラジルの偉大なスポーツのヒーローが座る席だ。アイルトン・セナが亡くなって以来、空席の状態が続いている。もしおまえがサントスに残ってチェルシーからのオファーを断れば、その席に着くための最初の一歩目が与えられるだろう」
ネイマールは悩んだ。当時18歳の青年に決断を下すことは、はあまりにも酷だったことだろう。
そしてその後、彼の背中を大きく押す出来事が起きる。ブラジルの王様ペレがネイマールに電話をかけてきたというのだ。
サントスで20年近くプロキャリアを積み、セレソンの偉大な背番号10を長年まとったペレにとって、ネイマールはかつての自分と被るものがあったに違いない。
ペレはネイマールに対し、サントスでの輝かしいキャリアやブラジル代表での世界制覇のことを話し、残留の説得を試みたそうだ。
ペレからの語りかけもあり、ネイマールは残留を決心。決して簡単な決断ではなかったがその選択が家族や友人、そして自身にとって正しいものであったと明かしている。
自身のキャリアの分岐点だったと話す2010年8月。彼の未来を切り開いたのは、クラブの会長や母国の英雄からの熱い熱い言葉だったようだ。