21歳の新司令塔、日本代表の未来を担う
10月24日、「日本ラグビー協会100周年記念試合」として、男子日本代表と女子日本代表の歴史的ダブルヘッダーが開催された。この試合で一際話題を集めたのは、男女のスタンドオフとして出場した伊藤龍之介(明治大4年)と伊藤ちひろ(早稲田大1年)の兄妹だ。

兄妹での同日テストマッチ出場は史上初。ともにチームの攻撃を牽引する「司令塔」であることも特筆すべき点だ。ちなみに、2人の長兄にあたる伊藤耕太郎もリコーブラックラムズ東京で同じポジションを務めており、まさに「スタンドオフ一家」だ。
この三兄妹のなかでも、今季の日本ラグビーを語る上で欠かせないのが龍之介だ。
「世界で有数の10番になれる。素晴らしい視野を持ち、パスやランのスキルがある。若さゆえにミスもまだありますが、今後の成長も期待できます」

今年に入り、日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズがこの発言をする場面に何度も遭遇した。世界を知る名将が「世界で通用する」と称賛した人物こそ、伊藤龍之介。今年7〜10月に行われた日本代表戦すべてで10番をつけてプレーした21歳の新鋭だ。
エディー・ジャパンが発足して3シーズン目。素早いパスワークと迅速な判断を武器に戦う「超速ラグビー」を掲げる日本代表において、司令塔役の10番スタンドオフは極めて重要なポジションだ。
にもかかわらず、発足当初はなかなか選手を固定できなかった。2年目の昨シーズン、李承信(コベルコ神戸スティーラーズ)が10番の軸としてようやく固定。だが、その頼みの李も、手術の影響で今年の代表シリーズには出場できないことに。そこで白羽の矢が立ったのが伊藤だった。
高校時代は國學院栃木高で「冬の花園」に3年連続で出場。2年時には10番として栃木県勢初の決勝進出へと牽引してみせた。その後に進んだ明治大でも10番として期待を集め、今年1月の大学選手権ではチームを大学日本一に導いている。
その才能を見込まれ、エディーが肝入りでスタートさせた若手育成プログラム「JAPAN TALENT SQUAD(ジャパン・タレント・スコッド)」にも招集。U-23日本代表やフル代表に次ぐ立ち位置のJAPAN XVで10番としてプレーを重ねてきた。
鮮烈な代表デビューと手応え。「格上」相手に見せた圧巻のタクト
そして今年7月。秩父宮ラグビー場で行われたイタリア戦で念願の日本代表デビュー。試合開始時点で、日本の世界ランキング12位に対し、イタリアは10位。過去2勝8敗と大きく負け越していた格上相手に、日本は27対10で完勝。フル出場した伊藤は得意のキックと視野の広さを武器に、3トライを奪った日本のアタックを牽引して見せたのだ。

「秩父宮では普段から試合をしているのに、いつもとは違う緊張感がありました。そのなかで勝利で終われたことは率直にうれしい。ひとつ自信になりました」
身長172センチ、体重77キロ。大男たちばかりの海外勢との試合ではかなり小柄な体格ではあるが、そのプレーは埋もれることがない。伊藤の前に道は開ける……とばかりに巧みなステップで突破を果たすこともあれば、伊藤自身が道を切り開かんとばかりに、正確なキックで状況を打開していく。
9月にはパシフィック・ネーションズカップ決勝でフィジー代表を撃破。過去、4勝17敗と大きく負け越している相手ではあったが、伊藤はこの試合でもフル出場。試合終盤にはトライ後のキッカーも託されるなど、日本代表になくてはならない存在になったのは明らか。試合後の言葉からも、代表10番でプレーを続ける自信がうかがえた。
「しっかりと速いテンポでボールを出す。キックでボールを運んで、そこに対してプレッシャーをかける。それをやり続けることができたから今回の勝利に繋がったと思います。この試合に向けて、どんな状況にも対応できるようにたくさんの準備をしてきました。大学生として代表に入れさせてもらっている、という立場から、少しはチームを引っ張っていく存在に近づけたのかな」
「期待の大学生」から「日本代表の中心」を目指して
伊藤がスタンドオフとして入った試合で、格上相手に2勝を挙げた日本代表。エディーHCもこの2勝を大きな成果だと強調する。その一方で、7つの負けも経験した。チームを勝たせることがスタンドオフの役割、と言われるだけに、伊藤としても学ぶべきことの多い日が続く。世界ランキング4位のフランスとの試合は、15対42と大敗。「やりたいことをやらせてもらえなかった」と悔しさを滲ませていた。
「自分自身、キックの精度は少し低かった。裏のスペースを狙っていたんですけど、相手の手がしっかり伸びてきた印象です。相手の強度やスピード感のレベルが上がっていく中で、いかに自分たちから崩れないか、自分たちがやってきた準備を出せるかが本当に鍵になってくる。難しい時間帯で自分たちのペースに持っていくことは難しいですけど、それができるプレーヤーになりたいです」
もっとも、この反省の言葉も、世界レベルの相手と対峙したからこそ。伊藤のレベルが抜きん出ていると改めて印象付けたのは、10月11日、代表戦の合間に強行日程で出場した、明治大学と筑波大学の関東大学対抗戦。0対14と劣勢で迎えた前半32分、疲労を考慮してベンチスタートだった伊藤が登場すると戦況は一変。キレ味鋭いステップワークで一気に前線へと攻め立てて反撃のトライに繋げると、その後も明治のアタックを牽引して39対21での逆転勝利へと導いてみせた。
伊藤は明治大学の欠かせない主力であり、卒業に向けて学業にも向き合わなければならない。そのため、11月の欧州遠征は不参加となった。代表強化のため、そして伊藤自身の進化のためにも難しい決断だったのは間違いない。この環境で、どう自分を高めていくのか。
「大学に戻ったとしても、自分のレベルを世界レベルに置いて、その基準を崩さないこと。常に高いレベルを想定してやることが大切かなと思います。それは、試合でも練習でも常に。個人練習でも求めるものを高くしてやっていきたいです」
代表デビューからわずか3カ月。この激動の期間を伊藤はこう振り返った。
「今年初めの段階では、ジャパンに選ばれて、これだけ試合に出られるとは思っていなかったです。ただ、代表の中心にいるとはまだ思っていません。日本代表として試合に出るからには、大学生として入れさせてもらっているようではダメで、ジャパンの一員としてチームを引っ張れる存在になるべき。これからW杯までの1年、ひとつずつレベルアップして、ファンを魅了できるようなラグビーをしたいです」

【取材・文=オグマナオト】
ライター/構成作家。書籍執筆や構成、インタビューを手掛けるほか、テレビ朝日「報道ステーション」スポーツコーナー、プロ野球解説者YouTubeなどスポーツ番組での構成作家も担当。著書に『早稲田とスポーツ、覇者の150年』など。

