その理由をたどっていくと、どうしても避けて通れない存在がある。
そう、人気漫画『SLAM DUNK』。
もちろん、Bリーグの人気は「選手のプレーがかっこいい」「試合が純粋に面白い」だけじゃない。クラブの努力、進化するアリーナ、SNS時代の広がり……いろいろな要素が積み重なって生まれた熱だ。
それでも、ここまでの盛り上がりを語るとき、『SLAM DUNK』が常に“そばにいる”のもまた事実。
今回は、バスケットボール、特にBリーグと『SLAM DUNK』のちょっと“むふふ”な関係を勝手に紐解いていく。
沖縄W杯で起きた「第ゼロ感」大合唱が、すべてを物語った
2023年のFIBAバスケットボールワールドカップ。
沖縄アリーナで日本代表がカーボベルデに勝利し、48年ぶりの自力五輪出場を決めた直後――会場に流れたのは、映画『THE FIRST SLAM DUNK』の主題歌、10-FEETの『第ゼロ感』だった。
そして、会場は自然と歌い出す。
あれは演出以上の何かだった。
長く遠かった自力五輪出場。その歓喜と作品の熱が重なり、あの空気はただの勝利の余韻というより、まるで物語のクライマックスみたいだった。
歴史的勝利の直後にスラムダンクの音楽が鳴る。ずっと読んできた人は震えるし、そうじゃない人も気がつけばその物語の中にいる。
現実と物語の感動が入り混じり「みんなのもの」になった。あの日の沖縄は、日本バスケの現在地を象徴する風景だった。

2023年9月2日、FIBAバスケットボールW杯のカーボベルデ戦で勝利を喜ぶ日本代表(Photo by Takashi Aoyama/Getty Images)
1992年の“願い”は、ちゃんと届いていた
スラムダンクには、ファンの間で語り継がれてきた作者コメントがある。
1992年ごろの単行本カバー袖。
そこには、NBAファイナルやバルセロナ五輪を現地で観たことへの感謝に加え、、
「いつか日本が五輪に出る姿が見たい」
「この作品を読んでバスケを始めた子どもたちが、大きくなって実現してくれたら」
という願いが記されていた。
当時は、遠い未来の話だった。
でも、あれから30年以上。かつては夢物語みたいに見えた言葉が、今は現実の輪郭を持ち始めている。
しかも歓喜の締めが「第ゼロ感」の合唱。
偶然にしてはできすぎている。
物語は終わらず、ちゃんと時間をかけて現実の中で育っていたのだ。
「スラムダンク奨学金」って、名前だけ知ってる人へ
バスケを見ていると、時折耳にする「スラムダンク奨学金」。
若い選手がアメリカ留学に挑戦するための支援プログラムで、2008年にスタート。第1回の奨学生は、FE名古屋のポイントガードとして活躍中の並里成。第19回(2025年発表)には、ウインターカップでも注目を集めた東山高校の佐藤凪が選ばれ、2026年から渡米予定とされている。
作品の影響が、ちゃんと“未来の挑戦”に接続されている。
物語では終わらずに、現実を後押ししているような感じだ。
ちなみに、「スラムダンク奨学金」は公式サイトでも『SLAM DUNK』とつながる支援として説明されており、もう一つの長期プロジェクトみたいな存在だ。
「スラムダンク世代」が、Bリーグの空気をつくった
いわゆる「スラムダンク世代」は、現在の40歳前後を中心とする世代。Bリーグを支えてきた選手たちとも重なる。
篠山竜青(1988年生まれ)や竹内公輔・譲次(ともに1985年生まれ)ら、世代を象徴する選手たちが、作品への思いを語ってきた。
スラムダンクは、チームの成長や葛藤を象徴する“言葉”をたくさん生んだ作品でもある。勝負どころで思い出すフレーズや、挫折から立ち上がる場面の言葉。
あの漫画は“勝ち方”だけでなく、“立ち上がり方”を教えてくれた。
だからこそ、その記憶が観る側にも、プレーする側にも残り続けている。
この「熱の伝播」こそが、Bリーグ独特の空気をつくっているのかもしれない。

物語と現実が交差するたび、バスケは広がる
スラムダンクは「バスケが好きだ」と言わせた。
その読者が選手になり、Bリーグが生まれ、日本代表が世界で勝つ。そして歓喜の瞬間に、またスラムダンクの音楽が鳴る。
物語が現実を動かし、現実がまた物語を熱くする。
この循環がある限り“むふふな関係”は続く。
そしてまた、気づけば誰かに言っている。
「Bリーグ、ちょっと見てみる?」って。
