「あの子を使うから負ける」と責められた監督
これは、私が少年野球のコーチをしていたときの話です。ある年、チームに新しい監督が赴任しました。就任してすぐ、私たち指導者も保護者も首をかしげる采配が続きます。チームで一番野球の下手な健太(仮名)を、どの試合でも決して外さないのです。
健太は5年生の途中で入団した子でした。フライが上がれば、グラブに入る前に目をつぶってしまう。打席では見送りの三振がほとんどでした。
夏の大会が近づくにつれ、保護者の不満は隠しきれないものになっていきます。「あの子を使うから、勝てる試合を落とすんです」練習後の駐車場でそう詰め寄られたことは、一度や二度ではありません。監督は「そうですか」とだけ答え、理由を説明しようとはしませんでした。
正直に言えば、コーチの私も同じ気持ちでした。6年生の夏は一度きり。なぜ健太なのかと尋ねたこともありますが、返ってきたのは「あいつは大事なところで打ちますよ」という一言だけでした。
決勝の夜、監督が初めて口を開いた
迎えた夏の地区大会の決勝。1点を追う6回2死二塁で打順が回ってきたのは健太でした。監督はベンチから動きません。相手の応援席から、明らかに気の緩んだ声が飛びました。
ところが健太は、初球を思い切り叩きました。詰まった打球はふらふらと三塁線へ上がり、伸ばした相手三塁手のグラブをかすめて、ラインの内側に落ちます。二塁走者が生還して同点。チームはその回のうちに勝ち越し、そのまま逃げ切りました。
表彰式が終わったとき、監督が保護者たちを呼び止めます。
「健太は、この夏で野球をやめます」
家庭の事情で、2学期から遠くへ引っ越すことが春には決まっていました。健太の母親からそれを聞かされていたのは、監督ただ一人だったのです。
「最後の夏は、あいつを主役にしてやりたかったんです。勝ち負けより、野球を好きなまま卒業できることのほうが大事でしょう」
さっきまで采配を責めていた保護者たちは、誰も言葉を返せませんでした。少し離れた場所で、健太の母親が頭を下げたまま泣いていました。
あれから何年も経ちますが、今でもあの三塁線の打球を思い出します。指導者が見ているのは目の前の1勝ではなく、その子が大人になったときに何を持って帰るのか。あの夏、私は監督にそれを教わりました。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、小学4年からは野球に打ち込み、大学卒業までの実に十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将としてチームをまとめ、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)で指導者としてもキャリアを重ね、「する側」「観る側」「教える側」のすべての視点からスポーツと向き合ってきた。
プレイヤー・キャプテン・指導者という異なる立場を経験する中で、勝ち負けの記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたスポーツにまつわるリアルなエピソードを中心に取材し、感動や驚き、時にはちょっとした仕返し劇まで、スポーツの現場で生まれる人間ドラマをコラムとして執筆している。

