これは、私の会社の同僚から聞いた話です。高校最後の大会で決勝シュートを外したFさんを、エースの一言が救ったエピソードを紹介します。
最後のシュートを託された補欠の3年生
高校時代のFさんは、バスケットボール部でいわゆる万年補欠。最後の夏にようやくベンチ入りしたものの、県大会でコートに立つ機会はほとんどありませんでした。
迎えた準々決勝。試合は74対75の1点差で、残り時間は10秒です。Fさんのチームは最後のタイムアウトを取りました。
選手たちは、当然エースのAさんに最後のシュートを任せると思っていました。ところが、監督がホワイトボードに示したのは、Aさんへ守備を引きつけ、空いたFさんへパスを出す作戦だったのです。
「最後は、Fが打て」
突然の指名に、Fさんは返事をするのが精いっぱいでした。それでもAさんは迷わずFさんの目を見てうなずきます。その表情からは、「作戦どおりにやろう」という覚悟が伝わってきました。
試合が再開すると、相手の守備はAさんへ集中。予定どおり、コーナーにいたFさんがフリーになりました。
リングに届かなかった1本とエースの言葉
Aさんからのパスを受けたFさんは、渾身のシュートを放ちました。しかし、力の入ったボールはバックボードに直撃。リングをかすめることもなく、終了のブザーが鳴りました。
スコアは74対75。チームの夏は、その1本で終わりました。
Fさんは顔を上げられませんでした。3年生の努力も、Aさんがつないだパスも、自分が台無しにしたように感じたからです。整列へ向かおうとしても、脚が動きません。
そのとき、後ろからAさんが肩をたたきました。そして、泣きそうな顔でこう言ったのです。
「お前でよかった。最後はお前に託して外したんだから、誰も文句言わねえよ」
Fさんの目から、こらえていた涙があふれました。責められると覚悟していた胸に届いたのは、最後の一投を引き受けた自分を仲間として認める言葉だったのです。
敗戦の悔しさは消えませんでした。それでも、あの一言があったからバスケットボールまで嫌いにならずに済んだとFさんは話してくれました。
現在も社会人クラブでプレーを続けています。大事な場面でシュートを外した仲間がいると、Fさんは真っ先に肩をたたくそうです。高校最後の10秒にもらった優しさを、今度は自分が次の選手へ渡しています。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、小学4年からは野球に打ち込み、大学卒業までの実に十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将としてチームをまとめ、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)で指導者としてもキャリアを重ね、「する側」「観る側」「教える側」のすべての視点からスポーツと向き合ってきた。
プレイヤー・キャプテン・指導者という異なる立場を経験する中で、勝ち負けの記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたスポーツにまつわるリアルなエピソードを中心に取材し、感動や驚き、時にはちょっとした仕返し劇まで、スポーツの現場で生まれる人間ドラマをコラムとして執筆している。

