「嫉妬と冷遇」に負けなかった日々
これは、私が実際に体験した話です。
アイスホッケーをしている娘は、九州のチームに所属していた頃、監督、コーチ、保護者、チームメイトに理不尽な扱いを受けていました。
試合中は監督の指示でパックを回してもらえず、チームメイトとの気さくなやり取りもコーチに禁じられていました。保護者からは、聞こえよがしに嫌味を言われることもありました。
そんな環境の中でも、娘は監督やコーチ、チームメイトに対して自分から挨拶をし続けていました。
下級生を支えた娘の声かけ
娘が小学3年生だったとき、入ってきたばかりの小学1年生の女の子が、練習を休みがちになっていました。本人は一度、辞めたいと親に伝えていたそうです。
ところが娘が名前を呼んで「一緒にやろう」と誘ったことをきっかけに、その子は練習に戻ってきました。数ヶ月後、その子の父親から直接、「娘さんが声をかけてくれたおかげで、うちの子は今も続けられています」と感謝とともに伝えられました。
他にも、練習中に転んで泣く別な下級生に「転ぶと私も泣きたいくらい痛いよ。でもここで頑張れたら強くなるよ!」と励ますこともありました。毎週末の練習で、積極的に全ての下級生へ「一緒にやろう」と声をかけ続ける姿が印象に残っています。
移籍で見えたエースの存在
しかし、その後も監督やコーチ、その他のチームメイト、保護者からの扱いは変わらないままでした。
私や娘は、このチームに残っていても娘自身の成長は見込めないと判断し、悩み抜いた結果退部を決断します。その後、「アイスホッケーは続けたい」と言う娘の気持ちを尊重するために九州県内での移籍も検討しましたが、九州にとどまるより思い切って環境を変えたほうがいいと考え、北海道への移住を決断しました。
退部から間もなく、元チームが出場した大会で、勝てるはずのチームに負けたという話が、元チームメイトの男子選手の母親を通じて伝わってきます。「チームとして、娘さんがどれほど必要な存在だったかがはっきりわかりました」と、その母親は話していました。
チーム崩壊、そして新天地で掴んだ本当の居場所
その後古巣ではチームの弱体化が目立ち、それを理由に下級生4人のうち2人が競技自体をやめ、1人が別のチームへ移籍しました。それぞれの兄や姉である高学年の選手たちも、後を追うように移籍したと聞いています。
娘から声をかけられて競技を続けられた、あの1年生の女の子も、転んで泣いていたあの下級生も「娘ちゃんがいないチームにいる意味がない」と周囲に話していたそうです。
一方娘は、移住した先の新天地で監督やコーチから攻め上がり方やパックの保持の仕方を褒めていただく機会が増え、仲間からは「ナイスプレー」と声をかけてもらい、ハイタッチを交わす場面も増えました。
「ここには仲間がいる」と気持ちの良い汗を流す娘がいます。九州にいた頃には一度もなかった光景です。
【体験者:30代・女性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:村岡栞里
子どものアイスホッケー環境を整えるため、九州から北海道への移住を果たした、並外れた行動力を持つ親目線ライター。5年を超えるキャリアを経て、新天地でさらなる高みを目指す娘の競技生活を「現在進行形」で全力サポートしている。これまでの道のりで、指導者や保護者間のリアルな人間模様、子どもたちが直面する葛藤を肌で感じてきた。今もまさにその渦中に身を置き、苦楽を共にしているからこそ紡げる「生きたエピソード」が最大の強み。現場のリアルな息遣いが伝わるコラムを執筆している。

