雨の準決勝、1つの失点で敗退
これは、職場の同僚Aさんから聞いた話です。小学5年生の息子は、少年サッカーチームでGKを務めていました。地区大会の準決勝は雨の中で行われ、両チームとも得点できないまま終盤を迎えます。
ぬれたボールがゴール前へ飛んできたとき、息子は一度つかみかけたものの、手元からこぼしてしまいました。
相手選手に押し込まれ、その失点が決勝点となって0対1で敗れました。試合終了の笛が鳴ると、息子はうつむいたまま仲間のもとへ歩いていきました。
謝罪しようとした母親を止めた言葉
Aさんの息子は、目に涙をためながら「ごめん、俺のせいで」と仲間へ謝りました。その姿を見たAさんも、自分まで責任を負わなければならないような気持ちになり、集まっていた保護者たちへ頭を下げようとします。
すると、主将の父親がAさんを止め、「うちの子は今日、シュートを3本外したけど、誰にも謝っていないよ」と続けました。
責める響きはなく、ただ一人だけが敗戦を背負うのはおかしいと伝える口調でした。その一言に、Aさんはこらえていた涙があふれたといいます。
記録用紙に残っていた6つの丸
隣にいた別の母親も、試合中につけていた記録をAさんへ差し出しました。用紙にはシュートや好プレーが書き留められ、その中でAさんの息子が止めた6本のシュートに丸が付いています。
「この6本がなかったら、もっと前に試合は決まっていたよ」と母親は言いました。Aさんは最後の失点ばかりを思い返していましたが、保護者仲間が見ていたのは、その前に息子が何度もゴールを守った姿でした。
1つの失敗だけで試合のすべてを語れないのは、GKもほかの選手も同じだと気付かされたそうです。
「ここ、空いてるよ」で戻れた応援席
次の練習日、Aさんはいつもの輪に入れず、応援席の端へ座ろうとしました。
すると保護者仲間が椅子をずらし、隣を指して「ここ、空いてるよ」と声をかけます。いつもの場所を用意してくれた短い言葉に背中を押され、Aさんは再び息子の練習を見守りました。
ゴール前に戻った息子も、最初に飛んできたシュートを両手でしっかりつかみます。それ以来、保護者同士で各選手の良かったプレーを伝え合い、失敗を一人の子どもと親に背負わせない応援を続けているそうです。
【体験者:40代女性・会社員、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、小学4年からは野球に打ち込み、大学卒業までの実に十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将としてチームをまとめ、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)で指導者としてもキャリアを重ね、「する側」「観る側」「教える側」のすべての視点からスポーツと向き合ってきた。
プレイヤー・キャプテン・指導者という異なる立場を経験する中で、勝ち負けの記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたスポーツにまつわるリアルなエピソードを中心に取材し、感動や驚き、時にはちょっとした仕返し劇まで、スポーツの現場で生まれる人間ドラマをコラムとして執筆している。

