最後の夏を前に膝を負傷
高校3年の夏、最後の大会が迫る中、私は練習中に膝を痛めました。診断の結果は、前十字靱帯断裂。大会への出場は難しいと告げられ、それまで当たり前のように立っていたグラウンドが急に遠い場所になりました。
高校野球を続けてきた時間も、仲間と目指してきた夏も、けがの瞬間に終わってしまうのではないかと不安になります。
すぐには現実を受け止められず、練習を見つめることさえつらい時期がありました。それでも、ベンチから見送るだけで最後の夏を終えたくないという思いは消えませんでした。
「最後の夏は無理」でも諦められない
出場の可能性を探そうと、私は同じ怪我から競技へ戻った選手の情報を必死に集めました。その中で知ったのが、青森山田高校サッカー部の選手が前十字靱帯を断裂しながら全国大会に出場した事例です。
競技も体の状態も違うため、自分も同じようにできると考えたわけではありません。ただ、何もせずに諦めるのではなく、今の自分にできる準備を続けようと思えました。
膝まわりの筋力トレーニングを重ね、試合に出るという目標だけは最後まで手放さなかったのです。
戻った夏、交錯で終わった試合
積み重ねた準備が実り、私は夏の大会で再びユニフォームを着ることができました。試合に出られる喜びがある一方、膝への不安が完全に消えたわけではありません。
それでも仲間と同じグラウンドに立ち、目の前の一球へ集中しました。ところが、ベスト8進出を懸けた試合で走者と交錯し、私は途中退場を余儀なくされます。
チームもその試合に敗れ、私の高校野球はそこで終わりました。望んだ結末ではなかったものの、最後の夏を仲間と戦えた事実は、その後の長い治療に向き合う支えになりました。
手術とリハビリを経て大学のグラウンドへ
大会後、私は手術を受け、野球への復帰を目指してリハビリを始めました。思うように膝が動かない時期もありましたが、高校最後の試合で味わった悔しさが「もう一度プレーしたい」という気持ちを支えてくれます。
進学した大学でも練習を続け、やがて選手としてグラウンドへ戻りました。高校3年の夏だけを見れば、けがに阻まれた悔しい結末だったかもしれません。
しかし、あの夏に諦めず一歩を踏み出したからこそ、手術とリハビリの先で、もう一度野球選手としてスタートを切れたのだと思います。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、小学4年からは野球に打ち込み、大学卒業までの実に十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将としてチームをまとめ、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)で指導者としてもキャリアを重ね、「する側」「観る側」「教える側」のすべての視点からスポーツと向き合ってきた。
プレイヤー・キャプテン・指導者という異なる立場を経験する中で、勝ち負けの記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたスポーツにまつわるリアルなエピソードを中心に取材し、感動や驚き、時にはちょっとした仕返し劇まで、スポーツの現場で生まれる人間ドラマをコラムとして執筆している。

