小児喘息と向き合った幼少期
私は幼い頃、小児喘息がありました。
定期的に病院へ通い、必要な治療やケアを受けながら過ごしていた私に、両親はいろいろなことをしてくれました。
その一つが、スイミングです。
ただ、私はスイミングが大嫌い。「行きたくない」と思いながら、しぶしぶ通っていたことを覚えています。
子どもだった私には、なぜ両親がそこまでして通わせるのか、その意味を深く考えたことはありませんでした。
病院へ行くことも、スイミングへ通うことも、親が用意してくれる日常の一つとして受け取っていたのです。
親と一緒に走った夜
成長すると、親と一緒に夜のランニングをすることもありました。
特別なトレーニングではありません。家を出て、一緒に走る。ただそれだけの時間です。
スイミングに通っていた頃とは違い、いつしか体を動かすことは、私にとって身近なものになっていました。
それでも当時は、親が自分のために時間をつくり、夜のランニングに付き合ってくれていることを特別だとは思っていませんでした。
振り返れば、通院もスイミングもランニングも、いつもそばには両親がいました。
高校の陸上大会で600人中10位に
高校生になった私は、陸上大会に出場しました。
そこで残した結果は、約600人の中で10位。
幼い頃、小児喘息と向き合っていた自分が、多くの選手と一緒に走り、その中で上位に入れたことは、大きな自信になりました。
もちろん、その結果を出せたのは、自分自身が積み重ねてきた練習や努力があったからです。
けれど、大人になってそれまでの道のりを振り返ったとき、自分一人の努力だけではなかったことにも気づきました。
スポーツが気づかせてくれたもの
スイミングへ連れて行ってくれたこと。
夜、一緒に走ってくれたこと。
病院へ通い、体調を気にかけてくれたこと。
子どもの頃は、その一つひとつにどんな意味があるのか考えたこともありませんでした。
でも今なら、それが「少しでも元気に育ってほしい」と願う両親なりの愛情だったのだと思えます。
高校時代に600人中10位という結果を残せたことは、今でも大切な思い出です。
けれど、スポーツが私にもたらしてくれたものは、記録や順位だけではありません。
あの頃は分からなかった両親の思いを、大人になった今、スポーツを続けてきた時間とともに振り返ることができる。
ずっとそばで自分を支えてくれていた親の愛情に気づけたこともまた、スポーツが私にくれた大切なものです。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:サトミ
学生時代は約10年間スポーツに打ち込み、現在は2児を育てる30代。競技経験と保護者としての経験を生かし、スポーツの魅力や親子の成長、スポーツの現場で生まれる人間ドラマを中心に執筆している。

