高校で陸上競技部に入部した私。入部から数ヶ月後に先輩との会話で知った顧問のA先生の過去。普段のA先生の姿からはとても想像できない過去とは──!

まるで風のような男、A先生

私は高校で陸上競技部に入部し、中・長距離部門だった。部員数もさほど多くなくこぢんまりとしていたが、先輩を中心に自分たちでメニューを考えて進めていく方針の部活動だった。

顧問のA先生は無口で物静かな先生で、遠くから練習を見ていることが多かった。練習に顔を出さない日も多く、強く存在を感じるタイプではない先生だ。遠くから練習を眺めては、何も言わずにいつの間にか職員室に戻っている。──風のようにふらっと練習に現れ、また風のように去っていく。それがA先生だった。

グラウンドで1人、黙々と走り続ける

そんなA先生、朝練習や放課後練習に行くと、部員よりも先にグラウンドにいることもあった。ただただのんびりと、そして黙々とグラウンドを走っているのである。灼熱の太陽の下でも、凍えるような寒さの中でも、いつも変わらず淡々と。走り終わるとまたふらっとどこかに消えていくのである。

「先生は健康維持のために走っているのかな」──当時の私はその程度にしか思っていなかった。

A先生の【正体】──何も知らなかった自分

月日は流れ、私は記録が思うように伸びず、さらに足を痛めた時期があった。3年生の先輩は夏に引退、1学年上は短距離の先輩しかいなかったため、短距離のB先輩に相談をしていた。

すると、B先輩は
「A先生にも聞いてみたら? 中・長距離やってたし色々と教えてくれると思うよ」
と言うのである。さらに続けて言った。

「A先生、今ではあんなにゆっくりしか走れないみたいだけど、昔は結構すごい選手だったしね。全国大会まであと一歩だったんだって」

──青天の霹靂だった。まさかA先生がそれほどの成績を残してきたとは全く知らなかった。その事実を知ったのは入部から数ヶ月経った夏の日だった。

A先生という人間

その後、A先生にあらゆるアドバイスをもらいに行くようになった。過去に全国大会手前まできていたということは、それなりに厳しい環境下に身を置いて練習してきたのだろう。先生のアドバイスは的確で、ためになることばかりだった。

ある日、私はA先生に競技者時代の話をなぜしてくれなかったのか聞いてみた。
A先生は「そんなの自分から言うことでもないだろう、過去の話だし」と笑うだけだった。

過去の栄光をひけらかすことをせず、そのような空気を微塵も私たちに感じさせなかったA先生。
【能ある鷹は爪を隠す】とはまさに彼を指している言葉である。

【体験者:30代・筆者、回答時期:26年9月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

Qolyコラムニスト:村木 あすみ
学生時代からスポーツ・部活動に打ち込んできた30代2児の母。また、公立中学校教員として勤務した経歴もあり、部活動にも携わってきた。自身のスポーツ経験や観戦、そして教育現場で見聞きしてきたリアルなエピソードをコラムとして執筆している。

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