人数の都合で旗を持たされていた高校時代
私は高校時代、バレーボール部に所属していました。試合に出られない部員が線審を担当するのは、練習試合では珍しくありませんでした。
高校2年生の秋、その日に旗を渡されたのも私でした。判定に自信を持てるほどルールを覚えていたわけではなく、迷いを抱えたまま線の横に立ちました。
第2セット、際どい打球に上げた旗
第2セット、エンドライン際に打球が落ちました。際どいコースで、入ったのか出たのかを判断しきれないまま、私は「アウト」の判定で旗を上げたのです。
すると相手校の選手が「入っていました」と強く抗議し、相手ベンチの部員たちも立ち上がりました。場の空気は完全に凍りつき、主審が確認に入っても判定は変わらないまま試合は続きました。
以降の私は、判断に迷う打球が飛ぶたびに旗を上げる手が止まりました。
試合後、先に頭を下げたのは相手主将だった
試合終了後、抗議してきた相手校の主将(当時3年生・男性)が私のほうへ歩み寄ってきました。身構える私に、主将は「さっきは言い方がきつかったです」と先に謝ったのです。
私は「自信がないまま曖昧に上げた自分が悪いです」と頭を下げました。
審判講習会の案内と、3年生になってからの変化
やり取りを聞いていた相手校の顧問は、地区の審判講習会の案内を私に渡してくれました。冬になり、私は案内された講習を受けました。
3年生になってからは、自校の練習試合で主審も任されるようになりました。
まとめ
自信がないまま上げた一本の旗が、相手ベンチを騒然とさせました。それでも先に頭を下げてくれた主将と、講習会の案内を渡してくれた顧問がいたおかげで、私は審判から逃げずに済みました。
審判を任される控え部員の戸惑いは、一つのチームだけの話ではありません。旗やホイッスルを渡される立場になったら、自信のないルールを一つだけ、先輩や顧問に聞いてみてください。
【体験者:20代・男性、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:Yutel_06
幼少期からさまざまなスポーツに親しんできた、10代の現役学生ライター。合気道やテニス、アーチェリーなど、ジャンルの異なる競技と向き合ってきた。自身の経験に加え、周囲にもスポーツに取り組む友人や知人が多く、競技の裏側や選手ならではの悩み、恋愛、人間関係など、リアルなエピソードに触れる機会がある。そうした実体験や身近な声をコラムとして執筆している。

