挨拶だけは誰よりもと決めた入部当初
娘が4歳でアイスホッケーのチームに入った当初の話です。チームには6年生までの選手がおり、技術も体格も、部内で一番未熟だったのが娘でした。
それでもスポーツマンとして挨拶は基本のはずだと考えた私は、せめて挨拶だけは誰よりも徹底しようと、娘に何度も繰り返し教えました。
更衣室に入る時は「おはようございます」、練習を終えて出る時は「ありがとうございました」どちらも、氷上まで聞こえるような大きな声で言うことを約束させました。
夜でも変わらなかった大声の挨拶
娘はこの約束を、朝でも夜でも変わらず守りました。
夜の練習で更衣室に入る時も、いつもと同じ大きな声で「おはようございます!!」と挨拶してしまうことがありました。
当時75歳だった監督は、そんな娘にも「おぉ、今は夜だぞぉ」と、目を細めながら笑いかけてくれました。監督は普段から、他の選手には口数が少なく厳格な印象の人でした。それだけに、娘の挨拶にだけは決まって表情を緩める姿は、リンクサイドで見ていた周りの保護者の目にも珍しく映っていました。
氷上に表れた監督の変化
気づけば氷上でも、娘への接し方に変化が表れていました。
「もっと顔をあげてみろ」「もっと大きく蹴ってみろ」他の選手にはあまり見られない、個別の細かい声かけを、監督が娘にしてくれるようになっていたのです。技術ではまだ周りに追いついていないはずの娘にとって、それは他の子にはない特別な指導であり、練習のたびに少しずつ増えていきました。
礼儀が積み重ねた信頼
最初は、スポーツマンとして当たり前の基本を身につけさせたい、というだけの思いで始めた習慣でした。技術で並ぶにはまだ何年もかかりそうな娘でしたが、氷上での監督の声かけは、いつしか他の選手と変わらない量になっていました。
振り返ってみると、技術よりも先に、礼儀が監督との信頼を積み重ねていたのだと気づかされました。大声の挨拶ひとつが、部内で一番未熟だった4歳児と、口数少ない監督との間に、特別な信頼を築いた一幕です。
【体験者:30代・女性、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:村岡栞里
子どものアイスホッケー環境を整えるため、九州から北海道への移住を果たした、並外れた行動力を持つ親目線ライター。5年を超えるキャリアを経て、新天地でさらなる高みを目指す娘の競技生活を「現在進行形」で全力サポートしている。これまでの道のりで、指導者や保護者間のリアルな人間模様、子どもたちが直面する葛藤を肌で感じてきた。今もまさにその渦中に身を置き、苦楽を共にしているからこそ紡げる「生きたエピソード」が最大の強み。現場のリアルな息遣いが伝わるコラムを執筆している。

