これは、娘が4歳でアイスホッケーを始めてから、1年ほどの間の話です。同じチームの2つ先輩の女の子から「練習しても意味ない」と笑われながらも、娘は毎日の自主練習を続けました。言われ始めてから約1年後、そのチームメイトと迎えた公式戦で見えたものとは──。

4歳で始めた毎日の自主練習

娘が4歳でアイスホッケーを始めたばかりの頃の話です。リンクの休館日である水曜日を除き、ほぼ毎日練習に通っていました。保育園から帰るとお弁当を持ってそのままリンクへ向かい、着替えを済ませてから、スケーティングの基本動作をひたすら繰り返す自主練習に入るのが日課でした。

誰かに強制されたわけではなく、娘自身が望んで続けていた習慣で、休むという発想自体がないようでした。この生活は、就学してからも、9歳で北海道に移住するまで変わらず続きました。

「意味ないよ」と言われ続けた1年間

そんな自主練習の最中、同じチームの2つ先輩の女の子が話しかけてくることがありました。「練習しても意味ないよ」その言葉は、1年間を通じて時々かけられ続けました。そう言われても、娘は足を止めることなく、黙々とスケーティングの練習を続けました。

その言葉に振り回されることなく、娘は変わらず毎日の練習を積み重ねていきました。基本動作の内容自体は変わらず、ただひたすら同じ練習を繰り返す日々でした。

公式戦で見えたスケーティングの差

「意味ないよ」と言われ始めてから約1年後、その2つ先輩の女の子と同じチームで迎えた公式戦でのことです。

氷上の娘は、細かな体重移動を利かせたスケーティングで、よろけることなく確実にゴールへ向かっていました。パックを持ってから得点に至るまでの一連の動きに、以前とは違う安定感がありました。相手ディフェンスに寄せられても軸がぶれず、1年前の娘であれば体勢を崩していたはずの場面でも、しっかりと足を運んで踏ん張っていました。

その子との間には、スケーティングの伸びやかさにもはっきりとした差が見て取れました。

黙って見守った、努力の答え

私は観客席で、祈るようにその試合を見守っていました。声をかけることも、駆け寄ることもせず、ただ最後まで見届けました。

「意味ない」と笑われながら重ねてきた自主練習は、氷上でのスケーティングの差となって、誰の目にもはっきりと表れていました。積み重ねた1年間が、「意味ない」という言葉を静かに覆した一幕です。

【体験者:30代・女性、回答時期:2026年9月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

Qolyコラムニスト:村岡栞里
子どものアイスホッケー環境を整えるため、九州から北海道への移住を果たした、並外れた行動力を持つ親目線ライター。5年を超えるキャリアを経て、新天地でさらなる高みを目指す娘の競技生活を「現在進行形」で全力サポートしている。これまでの道のりで、指導者や保護者間のリアルな人間模様、子どもたちが直面する葛藤を肌で感じてきた。今もまさにその渦中に身を置き、苦楽を共にしているからこそ紡げる「生きたエピソード」が最大の強み。現場のリアルな息遣いが伝わるコラムを執筆している。

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